どこかで
「じゃ、どこから来たのか思い出せないのですか」
老人は首を横に振ってみせた
商工会議所の一画の
広場に面したカフェから
小雨に濡れた敷石が夜目に光っているのが見える
私は手帳の最後のページにある世界地図を見せた
「いいえ、ここには載っていません」
老人はジンをひと口飲むと
じっと私を見つめて言った
「じゃ、お聞きしないほうがいいですね」
「はい、でもあなたなら分かってくれると思って
声をかけたのですよ」
老人は嬉しそうに言い
私も少し声を立てて笑った
風が一筋白い線を残すように吹いて行った
そうだ、どこかで会ったことがある
一緒にどこかで座っていたかもしれない
世界地図に載ってない
風の吹き抜ける乾いた町のバスの待合所で
あるいはどしゃ降りの港のフェリー乗り場で
でもそれはどこだったのだろう