謹賀新年。

『まいにちスペイン語』

 今年の抱負は、先に三日坊主を表明してのラジオ講座をできるだけ続けよう、だ。
 一作年暮れから続け7ヶ月続いたところでフェードアウトしたので、目標は夏まで。
 放送の時間帯は7時と14時で悪くはないのだが、規則正しい強制は好みではないので、前回同様、一週間遅れの講座をNHKサイトにて聞く事にする。実際始めたのは、X’masの翌日ぐらいから。
 1月号はヨドバシコムから入手したけど、残り数日しかない12月号は、Kindleだと251円なのでこれを選択。使い方にも因るのだけど、ページを行ったり来たりして、部分的に線を引いたりする使い方では、電子書籍はとっても使いづらく、参考書も然り地球の歩き方等のガイドブックも然りで、スマフォじゃ限りなく厳しい、特に老眼者。
 iPad以上で、小説なら電子書籍にも分があると思うが、Kindleは、DL形式ではなくネット接続が必須のようで、LAN常時接続環境下じゃないと読めないような気がするのは、自宅においても該当書籍が開くまで最初、とても時間がかかるからだ。使えねー。やはり「紙」が良い。
 あるとすれば、スマフォやタブレットに特化したインターフェースでの書籍携帯の販売だけど、それじゃ廉価にはならず普及しないよね。

 で、改めて電子辞書にびっくりしたのは、中国語(少ないけど)にしろスペイン語にしろ成句に思いっきり弱いというのに改めて気付いた。
 例えば、電子辞書では、成句「a vuelta de correo(折り返しすぐに)」は、単語correoでは、全く表示されない。紙の辞書では一覧として出ているが。成句検索では「a vuelta de」とかならヒットするけど、この成句自体全く知らなければ、どこかの書籍等で目に触れない限り分からないことになる・・あ、ちょっと怖いな、これ。「sin embargo」,「darse cuanta de」とかも。
 電子辞書は、現地に行くとかそういう教室とか出先で使うぐらいに重宝するところと思い、自宅学習等では、紙の辞書を引く事を面倒くさいと思わないようにすること、またはApp(Mac)/物書堂からの小学館の西和(4,000円)とかの方が良いかもしれない。DL仕様だしインターフェースが良い~。が、選択肢が多いのも悩ましいものだ。

セボ・デ・カンポ

ベジョータ

 大晦日は、恒例のカミさんの厳命により早朝から伊勢丹へ行って買い出しとなる。
 例年10時からなのに、本年度から地下食料品は9時からとなって人っ子一人歩いていない道をフェラーリー軽ハスラーでピ~!
 いつも10時に行くと、御徒町のアメ横か台湾の九份状態になるのだが、今回1時間前からなので混んではいるけどそれほどではないので良かった。
 中島家はポイントを少しハズしているので、カニやエビなどはスルーとなり、カミさんのトロ、と、娘のイクラ、私のスジコだけとなり少し混雑さを避ける事ができた。時鮭を所望するも紅鮭しかなかったので諦めた。
 ふと肉屋を見たら、写真のような50gぐらいの生ハム、ベジョータが800円で売っていたので、気がついたらカゴに入れていた。
 過日、一本脚のスペインの生ハムを買ったけど、1万円ちょっとゆえ白豚前脚の一つランクの下がるセボ・デ・カンポとかなので、やはり正月ぐらい(大晦日だけど)ベジョータを食べたいと思った。入れたカゴの横に、ブロック4,500円のトロがあったからもある。初めて見た、こんな高額なトロを。いつも私は二切れぐらいなのに。

 ただ、その一本脚のセボ・デ・カンポもビバ・スペインの味に変わりない。
 仲良き友人が連れていってくれるバルの生ハムは気づかってくれてかベジョータが殆どなのだけど、時として、小さな村のバルや思いっきり郊外にポツンとあるバルなどで出てくる生ハムはセボ・デ・カンポが多い。
 ほろ酔い気味に外の空気を吸うために、外にでて一服していると、北海道の十勝平野のど真ん中にいるかのごとく、周り何もなく遠景も遠く、あ、アンダルシアにいるんだな、という実感の記憶にセボ・デ・カンポが付帯しているのに気付く。
 よって、ベジョータを食べるとグラナダや大きな町の中心街を思い出し、セボ・デ・カンポを食べると、アンダルシアの田舎に思いを馳せる。が、そればかりだと、やはり「トロ」も喰いたくなって、伊勢丹のベジョータをカゴに入れてしまった、という次第。

 因に、アマゾンでベジョータを見ると、前脚だと思うけど5万円から・・かなーり躊躇する価格だ。日本で食べるのだから、セボ・デ・カンポで十分と思うようになりたいところだ

 あと、2時間ぐらいで年明けだけど、みなさん、良いお年を。
 

見逃し配信

1,000円ワイン

 隣のリビングにあるエアコンを20度に設定して寝たのだけど、風邪が少し良くなったぐらいだ。
 さすがに今日は、おまたと顔だけ洗うぞ、と思いながらシャワー室に入ったら、頭からシャワーをかけないことに気を取られていて顔から下に全部かけてしまった。
 こんなことを10年後にもやっていたらそのまま病院へ行って長い箱に収められてしまうだろうから、今から悪習を改善しようかと思っていたのだけど。

 週末の楽しみには、いつものように見逃し配信でゴローさんと時効警察を見る事だ。いつだったか、時効警察でとても個性のある女の子が出ていた。個性のある顔でヒロインとかは難しいかもしれないけど、将来演技女優になるのだろうな、と
ファンになってしまった。素人の私が見ると演技とても上手い。
 研ナオコの娘かなと思いきや、娘に聞くと、水谷豊かと蘭ちゃんの娘とのこと、うひょー。目元と口元がお父さん似かな。将来もう少し大人になったら、時効警察の彩雲の後輩としてレギュラー出演して欲しいところだ。
 ゴローさんもシーズン8になると予算が増えたのか、なんと鳥取砂丘が出てきた。で、言うのならまた台湾ロケして欲しいところだ。

 飲みきったワインの瓶は数本になったらまとめて資源ゴミに出すのだが、還暦を超えたら、今まで飲んでいた数百円(たいてい500円前後)のが「この値段にしては美味いじゃない」から「無理して安いのを買うことないかな」になって、庶民的大贅沢となって1,000円前後のを飲むようになった。1,000円のワインって小型車と似ていて、基本は1300ccだけど、ラインナップによっては1000ccもあれば1500ccもあるという守備範囲の広い価格帯だと思う。
 その中で、これ1,300円じゃないかい、というのをとっておいて写真に撮った。何故かというと、次回酒屋に行った時にこれと照合して買えば良いと思ったからだ。名前は覚えられない。特に写真中央と左のがグーッ。
 ただディスカウントショップはまとめて仕入れてなくなったらネクストだから、再会は難しいかもしれないけど。

初冬の西日

猫パコ

 気温が二ケタから一ケタとなり、ベランダに洗濯物を干せなくなり、西日の入る時間も1時間を切り、やはりエアコンではなくファンヒーターが暖かいと思う、確実に初冬に入った11月下旬の風物詩は何なんだろうか。
 七五三も終わり月開けのクリスマスシーズンまでの「つなぎ」?または、ボーナスシーズンへの準備考察期間?
 いずれも関係のない境遇なので、来年の手帳と年賀状を調え、学業にいそしむ(つもり)ぐらいだ。
 今やっているのは、中国の漢から唐にかけての仏教史。一応この時代の歴史は勉強したので流れは分かるけど、相変わらず、経典名と僧侶名が辞書を引かないと読めない。アルファベットの並記はあるのだが、それはサンスクリット語のアルファベット表記で、英語読みではないので読めない。
 テキストは初版1968年、かつ仏教系なので、中国語の繁体字かよ?みたいな漢字が多し。「開削」で良いのに「開鑿」とあったり、地名の「亀茲」などは読みが「くちゃ」と「キジ」と二つあってどっち?
 机に向かって、うむむ・・としていると、背後で「みゃぁ」。振り向くと、日の当たる台の上でこちらをにらんでいた。エサだろう。

精進料理

善光寺参道

善光寺の宿坊

精進料理

台湾の「素食」

 善光寺は、長野駅&市内も含めて初めて行ったけど、仲見世のある参道の奥に寺があり、ちょうど浅草寺を大きくした感じの善光寺境内とその周辺であった。
 初めて「宿坊」という宿に泊まった。齢60を超えてもまだまだ未体験ゾーンは一杯あるもんだ。
 善光寺の参道下周辺に沢山あり、坊さんが泊まるための宿から発展した仏教系民宿で、ちょうどスペインの巡礼者が主に宿泊するための施設とかに似ている。
 宿は「兄部坊(このこんぼう)」と読むみたいだけど意味は分からない。

 料理は当然「精進料理」なのだが、初めて本格的なのを食べた。
 というのは、朝食のお膳の写真の左上のは煮豚か角煮に見えるが、麩(ふ)とかでできていて、味もそれに似ている。前夜の夕食ではウナギかアナゴの蒲焼きが出たが、それも何かの野菜とかで作ったもので、全ての料理には肉類等を使っていないのが精進料理と言える。
 NGだからか玉子料理は出てこなかった。せめて朝食にはと思ったが、それは俗人の希望でしかないのだろう。
 歴史観満載な建物が素晴らしく精進料理も美味く、仏教関係者ではない私のようなものでも2連泊まではパラダイス(極楽)だと断言できるが、3連泊以上となるとマクドナルドやファミレスに駆け込むかもしれない。

 この精進料理で思い出したのが、昔二ヶ月ぐらい台湾に滞在していた時に良く食べていて「素食」という名の食堂だ。
 たいていがバイキング方式で、並ぶ多種多様な料理を持ったトレーにチョイスして、最後は何故か盛ったトレーの重さで料金が決まる。が、たいてい300円ぐらいだった。
 聞けば「素食」とある店の料理は、その精進料理と同じ穀物や野菜だけで作っていて、そればかりでは飽きてしまうで、ハムや肉、魚介類に見立てて食材を造り込む料理でもあり、まさに日本の精進料理と同じだ。
 ハムなら本当にハムのような触感と味がするのでびっくり。イカや鶏肉に見立てた食材をわざわざフライにするなどは、調理方法としてはかなりの巧み技で、油は当然ナタネ油だろう。

 このような精進料理が日本にも台湾にもあるということは、中国から中国仏教と共に伝わった可能性は大で、日本なら鎌倉仏教あたりからと思えるが、台湾だといつから?になる。
 最初の台湾統治は17世紀のオランダなので仏教はあり得ず、その後の鄭成功時は20年ぐらいしか続かなかったので、その後の17世紀後半からの清の統治以降と思われるが、そのフライなどは、日本でそれらが普及しはじめる明治維新以降かもしれない。