1日に5回

 夕方までにクロネコヤマトが4回も来たのは普通の家庭へとして我が家ではレコードだ。
 その数だけ頼んだのだけど同日に注文した訳ではないのに不思議だ。しかしいずれもタイミング悪く、洗い物している時とかトイレに入っている時とかで、ゆっくりコーヒー飲んで読書とかしている時がないのがマーフィーの法則的だ。
 
 夏越えを待って注文した生ハム原木が届いた。
 いつものグルメソムリエ(https://www.gourmet-world.co.jp/shopping/)からだけどアマゾンと提携しているのか、アマゾンIDから購入。グラム幾らでやっているので、その時の脚の重さで多少の価格変動があり、今回は込み込みで12,500円。
 これで今年のクリスマスは楽しく過ごせる、正月もそうだけど、骨になるまでそうだけど、1月中旬ぐらいまでかな。
 グルメソムリエのは、生ハムの扱い方の小冊子が注文時に同封されてくるが、今回のは「2021年度改訂版」と記してあってなかなか親切であり生ハムへの思い入れが伝わってくる。
 それに沿えば、設置した常温に慣らすために、真空パックのまま1日放置し、翌日袋から出して1日放置、そして3日目からカット、という事前セレモニーがある。

 この間の日曜日に注文した年賀状がもう届いた。中2日だ。
 中2日の注文だと高額なので、のんびり1週間で宜しく!で頼んだのだけど、このご時世注文が減り暇なのかもしれない。年賀状受付は12/15とあるので先に準備しておこうっと。

 写真にはないけど、ガスストーブも届いた。
 ガス代高いので一時やめて石油ストーブにしていたが、石油タンクを持って下へ降りてまた戻ってくるのが、カミさんからすれば面倒らしい。ま、確かに昔の小学校でのストーブ当番は辛かった。くそ寒い北側の校舎裏へ行って石炭を運んだりしてとね。
 壁掛けのエアコンだけだと何度にしても寒い。やはり足下から暖かいのが良い。
 が、ガスホースが届いていない。注文履歴ではこれだけ明日になっていた。ホースなければ意味ねぇよ、とぼやいていたら、本日中にお届けしまーす!のメールが来た。
 1日に5回も宅配便が来るわけね、我が家に。

コシヒカリと原木ハモン

 被写体が食べ物ばかりで寂しい気もする昨今の拙SNS投稿だけど、「その美味さの違い」を写真で現すのが難しいのは、ご飯・ピザ・鍋・煮物など、もっとあるかも。
 つまり美味しそうに撮ることはできるけど、その違いを見定めて撮るのはなかなか難しく、例えば、このご飯のようにコシヒカリかミルキークイーンかとかetc。写真外情報(例えば文字というキャプションとか)を付記しないとなかなか説得力がない時もある。

 10月に親父の実家、福島の白河から貰ってきた新米を食べているけど、どのように炊いても美味い。どのように、というのは、水加減を好みにしても、一晩経ったのを食べてとかを含めて。
 米プロファミリーではないので、この味をキープできるのは3ヶ月ぐらいだろう。あまりにももったいないので、粥をやめて炊いている。極端に言えば、おかずなく白米だけでも食べられる、と言える。
 より美味く食すかで言えば、好み的に言っても水加減だろう。
 農家って、こういうのを一年中食している訳で、日本一羨ましいと思う。それほど羨ましくないと思うとすれば、それは外人ぐらいだろう。

 閑話休題。
 こちらがお世話している観がするカミさん方の親戚から毎年この時期、お歳暮の一つとして、ボジョレーヌーボとスペインワインの2本が馴染の酒屋経由で届く。
 スペインワインなのは、そのカミさんのだんながスペインフリークだからだ。
 で、ボジョレーはカミさんが飲むのだけど、B型らしく少し飲んだら、残りをその辺に置き忘れ、そのままとなって数ヶ月経ってしまったのが昨年。
 飲み足りなくなって飲んでみたら、それはワインではなく酢になっていた。それはボジョレーヌーボじゃなくてボジョレービェホだろ。で、今年は残った半分を私が飲むようにした。

 江戸っ子のくせに、初ガツオなどの「旬」にはあまりこだわりがないのが昔からなのは、大田区大森生まれという「なんちゃって江戸っ子」だからだろう。なんでも良いから安くて重口のフルボディが良いな、が365日だ。

 とか言いながら、原木ハモンセラーノをまた頼んでしまった。
 グルメソムリエ:https://www.gourmet-world.co.jp/shopping/?page=category&cate=222
 いつもの通り、庶民は前脚の生ハム1本だ。
 さりげなく、最上級最安値の「ベジョータ」を見ると、50,000円。こういうのをポチッしたら、シロウトはとても恐くて、ナイフも入れられないだろう。
 喰いたければ、行けビバ・エスパーニャへ、だ・・・っていつのことだろうか。

句集『ぱららん』by 草野早苗

 草野早苗から句集『ぱららん』が送られてきた。
 35年来の友人で『Time To Time』の相棒の詩人なんだけど、何故か俳句。

 『ぱららん』
 金雀枝舎 (←読めねぇよ、ルビ振ってくれ、キンジャクシ?)
 ISBN978-4-904771-14-3 C0092 (←Cって中国で印刷?)
 1,800円+税

 amazonで検索したらないぞ・・・発行日が2020年11月30日、あるわけないよ、出たばかりだ。12月中旬辺りに反映されると思う。
 俳句なんて普段見ないよ、読まないよ、だ。時々地元の公民館やコミュニティセンターとかに置いてある句集とかを見るぐらいだけど、どれも中国的伝統風に過去の伝統的なレトリックを駆使、模倣、依存などを感じ「よくできました」的なのが多く、俳句かどうか分からないけど啄木さんの『一握の砂』(含むサンテグジュペリの『星の王子様』)が昔から何回も読んだりしているものでしかない。
 
 読んでみれば、詩人が詩を俳句にアレンジして詠んでみた、という感じで、変わらぬ彼女の独特の視線で発表されている。
 私も彼女から学んだけど、良く分からない詩とか俳句等を読んで良く分からない場合、それらに長けていない潜在的なコンプレックスから悩んでしまうことがままとしてあるのだが(私は日常チャメシゴト)、分からなければ分からない、と言い切ってしまう気持ちを最初から持つのが大事かもしれない。

 『ぱららん』をどこかで見かけたら、パラパラと見てくれると嬉しい、と思った。

エスプレッソと来年の手帳

 週末コーヒーを切らしてしまいそのままにしていたら、無性にコーヒーが飲みたくなることがままとしてあったので、コーヒーも多少の中毒性ってあるのかもしれない。
 週明け早速買ってきて飲んだら、美味いなぁ、だった。
 エスプレッソは濃いので、コーヒーを飲んでいるぞ、という実感があるので良い。

 年賀状作成等の年の瀬期間に入り、来年用の手帳を用意した。愛用30年ぐらいのダイゴーの「C1010(930円)」。左頁が一週間で右頁がフリーになっているデザインがお気に入り。
 何年か前から始まりが12月からのが多くなっていて、「忙しくなる年末の前に、来年用の手帳に切り替えろ!」とでも行った感じだろうか。
 確かに来年の1月とは言っても単純に来月であり、年末から年明けに進行する仕事などがある場合、その為の打ち合わせも含め12月からメモできるのは便利である。
 ただ、今年はコロナ禍で殆ど出歩く機会もないので手帳を持ち出すこともなかった。たいていは卓上カレンダーが大活躍したので、今年の手帳は真っ白風。
 来年もコロナ禍は続くので、手帳なんて不要とも言えるが、一応は社会人として手帳がスケジュール管理の基本としていたいところがあるので、シコシコと少なめのスケジュールを書き写すと。
 MacやiPhoneには「カレンダー.app」があるけど、手帳は変わらずアナログモードである。
 てなことを12月上旬ぐらいまでだらだらとやるのが毎年末の師走作業。

献杯

 本年も残り1ヶ月強となるこの時期、毎年多種多様な訃報を耳にし、もしかしたら年明けの2月ぐらいまではこういうニュースが続くかもしれないが、今年は特にショッキングで、それはとにもかくも身近な知人友人が亡くなってしまったことだ。

 また喪中のハガキをいただくも、それは昔のような祖父母や両親の兄弟とかではなく、ダイレクトに両親とかが多くなってきていて、「次の主役の世代はアンタたちだよ」と諭されているような気がしてならない。こういうのは60を過ぎたからか、初めての感覚だ。
 ただ、その60を過ぎて言えば、先に行ったのはたかだか10年か20年先の違いでしかないことに気付く。このタイムラグは、ちょっと後から行きますから、ぐらいだ。
 今夜は、献杯という正統的な大義名分ができた。