見送り
線路が直線からゆるやかな弧となるあたりに
立っていた
朝のホームで列に並んで
電車に乗らず 困ったような薄い笑い顔で
ドアのガラス窓ごしに
少しだけ手をふる仕草をするのが見える
捨てられた市松人形がブラウスを着ているような
白くさびしい顔のかたむき
それは一週間前から始まった
どこにも行きたくないと思った朝
バスタブに入ってこっちを見ていた
後ろを付いてきた
話しかけようとすると
困ったような薄い笑い顔で
少しだけ手をふる仕草をする
「いったい誰?」とたずねると
ただコックリとうなずいてどこかへ行く様子
わたしは知ってしまう
わたしの好きなカフェに行くのだ
それから図書館でノルウェーの[通知]集を見るのだ
白いシャツも欲しいから
街なかを歩いてみたりもする
雨の夜には律義にも
傘を持って駅で待っている
朝のホームでの見送りは習慣となり
小さく手を振り返して
やっと自由な一日が始まる
わたしも市松人形に似た影も
電車の窓ガラスに映る顔が一年分ほど
毎日年をとってゆく