見舞い・春
咲いたばかりのスイートピーを持って
九段坂病院に見舞いに行った
病人は丸首のパジャマで
シューシューと鼻から蒸気を出して眠っていた
目を覚ました瞳が涙でうるむ
寡黙な時は流れて
「病状はいかなりや」と愛想笑いで問えば
病人はハタと上体を起こし
耳と鼻から白煙を立て
口から泡を飛ばしつつ
こめかみに血管を浮き上がらせて
覚えたての医学用語で喋り出す
それは見舞い人より元気な様子で
話は死に到るまでの経過の
寸分刻みの克明な描写で
病人は喋り終わると
クライマックスの表情を顔に浮かべて
克明な描写通りに
ヒュウーと最後の白煙を出して息絶えた
午後の陽射しが金色に光り
病人の顔にスイートピーを散らせて
見舞い人は九段坂を下りて行く
軽く低く葬送行進曲を口ずさみながら