ビネガーシンドロームって大変

 先日、写真の友人が教えてくれたビネガーシンドロームについてのURLと、そのサイト、

「写真フィルムの保存」
https://photo-archive.jp/web/wp-content/uploads/2019/04/Film-storage-leaflet.pdf

 本写真保存センター:http://photo-archive.jp/

 を参照すれば、

 1970年(50年前)辺りのネガをシートから取り出した時点で酢酸の香りが放出し、スキャナーやMacの周辺にまとわりつくように臭いまくっていたので、確かにビネガーシンドロームが始まる初期段階のネガだったと言える。
 その後、ネガ年度が下るにつれてその香りは弱くなり1975年(45年前)の以降では皆無となった。

 フィルムスキャナーを始めたのは諸般の事情で、1982年(39年前)の半ば、かの日本写真学園の2年生、専攻科の夏からで、そのまま最後の2014年のまでスキャンした。
 そして、戻って最初の1968年のから始め、現在残りネガケース3箱目の1981年(40年前)、1年生の基礎科の時のをやっている。
 で、その1981年の10本ぐらいのネガだけが、最初からそれなりにカールしていた。
 透明アクリル板のおかげで問題なく平面をキープしながらスキャンできたが、この前後には今のところこのようなネガは見かけておらず、何故この10本のだけが、というのが分からない。単に急速乾燥させたからか。
 もっとも普通のカールしたフィルムでも、ガラスキャリアを使えば印画紙にプリントすることはできる。

 上記のURLでは、ビネガーシンドロームに対する有効な対処法として、日本写真保存センターでの方法が紹介されているが一般家庭向きとは言えない。
 あるとすれば、なるべくその進行を遅くして長持ちさせるぐらいなので、元気なうちにプリントとして残す、とも記されていた。
 これだと、ネガの全カットをプリントするのか?になるが、このように記さざるを得ない、または、このように記すだけで今の段階では限度、とも言え、そのセンターの探求への気苦労を察した。

 素人っぽいネガのデジタル化なんてせずに、何も気にせずそのままにするのでも良かった、と思うようになった。← 今更、途中で何を言う?

ミニふどんミニ寿司弁当

 諸般の事情でブランチを食べ損ね、昼下がりの買物ついでにやっとゲットしたのが、ミニうどん寿司弁当だが、生まれて初めてこういう弁当をゲットしたのかもしれない。記憶にない。

 職業が肉体労働ゆえに昼にめん類や寿司系は腹持ちしないので、支給等でなければ白米の弁当や定食が常だった。
 こういうのを昼に喰うのは年寄りぐらいだと思っていたところ、こういうのも良いなぁ、と思ったのは、初老の仲間入りになったからに違いない。おまけに美味い、食べて良かったと感じた。
 還暦を過ぎてから、生まれて初めて、というのが少なくなく、初老ライフも新鮮でなかなか良いもんだ。
 
 また、好きなのだけど冷やし中華も昼に食べる機会が殆どない。
 たいてい中華屋にあるものだが、午後からも仕事があるので、どうしても野菜炒めや肉系やフライなどの大盛り定食なんぞを頼んでしまう。
 おやつの替わり的なコンビニの冷やし中華は、隠れファンでもある。ハーフサイズもあるが、ちゃんとゆで卵や紅生姜、カラシなども添えてあって本格的だ。

台湾ジッポー

 友人岩ちゃんからのアドバイスにて、ヒンジがダメになったジッポーを修理に出したのが4月下旬。2、3ヶ月かかると言われたのが先日届いたので1ヶ月余のスピードだった。
 
 届いてびっくり、中身が全部新品になっていた。石もついていた。そして以前の中身も同封されていた。車で言えば、ボディは修理されシャーシは新品。
 しかし、中身はそれだけで請求書は入っていない。
 修理工賃は生涯無料としても部品代とか送料は支払わないとね、と電話をしたら、それもみんな無料です。末長く大事に使ってくださいね、とか言われて、またびっくり。
 すげー会社があるもんだな、と思った。
 
 こうまで言われ、このようなサービスを受ければ、禁煙するまでジッポーファンには誰がならないと言えるだろうか。
 勝手に修理されて別物となって戻ってきて憤慨したという以前の見聞は、中身にも大きな価値をもっていたからだろうか。リアルなベトナム戦争時のとかならそうかもしれないけど、以前の中身も戻ってきているので不思議だ。
 
 中身にルーターで購入日を刻んでいたが、「2013年台北」とある。
 拙サイトで照合したら、それは5月。以前の学士を目指していた文学部の4年生で、卒論の草稿を出そうという頃だ。今年で7年目の台湾ジッポーになる。
 
 こういう台湾ジッポーは、ご当地での台湾人が買うわけがないので外国人観光客向けの免税店とかでしか見かけたことがない。
 スペインにもこういうのがあれば、まごうことなく即ゲットの二刀流を予定しているのだが、スペインでの免税店が何処にあるのか分からず、また空港では必ず探すも見たことがないので、当分台湾ジッポーだ。時として老眼の目をこらして地名を見て、思いを馳せたりしている。

 個人的には、フォーマルなスーツの時だけは似合わないと思っているジッポーなのだが、最近のスーツでの会場等では禁煙が常で、吸えるのは喫煙所のみになっているので、スーツでもジッポーもアリだなと思っている。

1976年のF970MF

 大学2年の時(1978年)に四畳半6,000円のアパートに住み始め、その時に引伸機セットを購入したようだ。
 フジ、ラッキー、LPL等があったが、なんとなく「FUJIFILM」がお洒落に感じ、且つレンズ付きでも一番安かったF970MFがあったのでそれを買った。本体45,000円ぐらい。バットやポリタンなどを入れて合計60,000円ぐらい、新宿ヨドバシで。
 その暗室用品の比率は、LPL:ライオンの3:7だった。
 露光タイマーは、1万円以上して高価だったので、目覚まし時計の秒針を見ながらアナログスイッチを押していた。← 目指せ、高橋名人。

 買った引伸機でプリントするのが楽しくて、モノクロだけど撮ってはプリントして、写っている人に手渡していたある日、バイトしていた喫茶店の常連客が「ナカジマくん~、写真をプリントしているんだってね。これを撮ってプリントしてくれないかい、内緒で。プリント代は払うからさ」。
 見せられたのは、本家本元の「ペントハウス」。
 撮って欲しいページを開いて見れば、白牡蠣ご開帳のオンパレード、おおっ、これを撮らせていただけるなんて幸甚の至りだ。日本の税関をくぐり抜けてきたご禁制の書だ。バターもマーガリンも要らないぞ。←おそらくこれは都市伝説だと思う。上手く見えた!というのは、こすり過ぎて見えたのは次のページのが、だと思う。
 そんな複写のがこのお座敷暗室のカットと同じフィルムに入っていて、青春のお宝写真そのものだけど、今となってはそんなのスキャン対象外だ。

 この時代のアダルト状況では、ずっと昔からの小金持ち的旦那衆ご用達のブルーフィルムしかなく、あとは「エロ本」か成人映画、または旅館の2チャンネル、ちょっと小金持ちならストリップ劇場。究極は旧称「トルコ風呂」。この場合、怪し過ぎるキャバレーは省く。
 80年代になってからか、いわゆる「ビニ本」が出てきた。
 通常のエロ本よりも過激風なので「ビニールに入ったエロ本」がそのまま略されたモノだけど、名前から大ブームになった。
 1983年以降になると、「ノーパン喫茶」やファミコンが普及し、ビデオも登場した。
 が、ハードはあるけどソフトは?というところで1年後ぐらいに「洗濯屋ケンちゃん」とビデオ3倍速がかみ合って大ブレーク。私は写真屋ケンちゃんだけど、よくディすられた。

 確かにモザイクないけど、孫孫孫の大ひ孫の3倍速で、顔さえも分からない、というビデオが出回り私のところへも来たのもこの頃。
 そして、誰かに貸したそれらのビデオが日にち経って別な友人から、これ見てみる?と言って、それが戻ってきたのもこの頃。←オマエはシャケか、と思って愛着も出たが。
 90年代に入り、CDRやDVDが出始めて+インターネットとなって今に至るところはあるが、40年前の若者は一般的にじっくりそれを拝めるというのは・・・どこ?ストリップ劇場ぐらいだったので、こういう写真はとにもかくも裏お宝写真だった。
 当然、著作権とか肖像権、無断転載とかいう概念はゼロ。その前にご禁制なんだけどね。

建設中のサンシャイン60

 3年間通った高校は、池袋の大塚にある、小さな私立の男子高だった。
 が、入ってみれば名門校を目指していたのか、ここは軍隊か?はたまた刑務所か?みたいな突撃受験校で、「巣鴨プリズン」と言われていたのに妙に納得した。卒業時には不条理と理不尽は、現実においてまったくの同義だと知った。

 そんな高校3年時の12月に校舎の窓から撮った写真が出てきた。
 全然気にも留めなかったのだけど、これ建築中のサンシャイン60。撮ったのが1976年末で、この状態なので、竣工は翌年の1977年は無理で、翌々年の大学2年になった1978年辺りだと思う。
 高層ビルとしては、新宿西口には三井ビルや住友三角ビルがあったけど、このサンシャインは当時、何かで日本一とか言っていた記憶があるが、今となればどうでも良いことかもしれない。

 最上階には展望台があり、それも有料の500円(当時)、そして水族館もあって、当初は大長蛇の列の連日だったこともあり、このサンシャインには、後年途中階のオフィスとかへ取材で1回ぐらい行っただけで、後は、サンシャインが見える近くの飲み屋から眺めているのが多かった。

 写真左したと右端中央のまだらは・・・ビネガーシンドローム?
 右端中央は、なんとかゆけるけど、左下はちょっとやっかいだ。バンドエイドアイコンのスポット修正ブラシツールを主としてなんとか上手くできるかな、というやつ。
 45年前のネガに文句を言ってはいけない。言うのは、そういういい加減な処理をしていた45年前のオレ様に文句だ。← 意味ねーよ。