フィルムのデジタル化 その2

 モノクロフィルムのデジタル化は、どうやら腰を据えた長期計画で取り組まないとダメなようだ。
 効率良くルーチンワークするために、あれやこれや調整しながらルール化しているゆえに時間がかかってしまう今の初期段階はしょうがないが、最初に予想していたことと実践現実がかなり違っているところは、周辺機器を含むパソコンの性能ランクを可能な限りあげることがと思った。

 フラベのフィルムスキャンの性能は今やほとんど変わらないのがエプソンのだけど、そのフィルムフォルダが一度にできるのはスリーブ4本か2本とかがあるので、フラッグシップのスキャナーが必要だ。
 もし所持フィルムの総本数が500本を超え、かつ、このような愚行を計画しているのなら、スキャンーのフラッグシップしかない。現行のエプソンだと6万円強+フィルムアダプターになるので、一つ前のGT-X970+フィルムアダプターはヤフオクで、3万円以下がある。
 解像度性能はあまり変わらず、問題なのは、一度に何コマをスキャンできるかである。

 このようなことを思うと、特にモノクロフィルムなどにあまり係わっていないデジタル主流の今の若いカメラマンや写真家は割り切れて羨ましいなぁ、と思う。フィルムとデジタルに関与してしまっている私のようなじじー(無名底辺なんちゃって)写真家からすると、フィルムの所存はデジタル時流においては、「負」ではないが一つの決断を迫られるものと思うからだ。そんなの気にせず無視してそのまま放置プレイが精神衛生上一番良いと言えるかも。

 そして、私のような似非風なんちゃんって写真家のネガなんて社会的価値観はゼロである。価値があってもそこにはマイナスが付す。あくまでも自分のためだけで、それも死ぬまでの自己価値観だ。
 ネガの詰まった何十箱のデスクトレーと同数ぐらいのベタのクリアーファイルならHDD2個だけの処分の方が、遺族となるだろう我が家族の負担もかなりの激減だろう。
 それなら適当なスキャンで良いな、にもなるが、それだと途中で下山となるので、仮説としても、もしかしたら写真展とか印刷媒体で使われるかもしれない、というノーチャンをワンチャンに無理やり変換したのを目標として作業完遂を目指すのが終活の一つである・・と言わないと続ける自信がない。

 ただ、スキャンしていると昔の写真を見る訳だが、懐かしさを含め新たな写真の勉強にもなる。
 今はなき飯田橋にあった日本写真学園に通って気付くように教えられたのは、自分の写真を掘り下げて見ることができるかどうかも写真上達の一つということだ。
 もっともこの年齢になるとその必然性もなくなってしまうところもあるが、より老けるだろう70歳代の写真思考に向けて。

 生ハム原木クッションが寝床だった猫パコはそれをチェンジし元のスキャナーの上に寝ているのだが、寝ているとスキャナーの蓋が開かないので、MacProの近くに移動したら、たまたまか120用の蓋の上に入ろうとする。頭一つ足りず、無理だってば。
 ビネガーシンドロームなのかどうか分からないが、乳剤面に目立つ波模様のをネガを散見する。40年ぐらい前のだが。
 プリントしたことないけど、この波模様は印画紙上に影響するのか分からない。もしかしたら専用スポンジにてスクイズした後に残ったものかもしれないが、なんとなくダメになる一歩手前かも。

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