山川の日本史

 やっと大学の1科目が終わった。
 終わったというのは、リポートを提出し、その1ヶ月後の試験の準備が終わったという意味で、ダメ出しだと修了までその度に1ヶ月ずつ伸びる。
 45年振りの門外漢ジャンルで4ヶ月かかった日本史だけど、良くSNSのコラムとかで見かける「日本史教科書の変更?」の意味が少し分かった。

 鎌倉幕府は、「いーくに作ろう鎌倉幕府」の頼朝が征夷大将軍に任命された1192年ではない、という箇所。私なんぞは意味も知らずに「いーくに」で覚えていた。
 鎌倉幕府のきっかけは、ご存知の源平合戦(治承・寿永の乱)だけど、関ヶ原の戦いのように1日で終わったわけではなく5年ぐらいかかったのを初めて知った。
 この戦乱の最中の1183年に後白河法皇から頼朝は東国の支配権を得て、そして1185年に守護・地頭の設置権を得ている(同年壇ノ浦の決戦)。
 で、そのコラムには、1183年・1185年・1192年に対して、それぞれ諸説あり、となっている。
 「山川教科書」では、1183年を鎌倉幕府の始まり、1185年を確立、1192年を成立として、その間を鎌倉時代の始まりとしている。確かにこれだと年号を固定するのは難しいが、何故にして今ごろになって?がある。こういうのは前々から分かっていることなのでそれこそ50年前でも幅を持っても良いと思ったのだが。家康の征夷大将軍に合わせてしまったのか?
 明治維新も同様に幅があるように思え、単純に大政奉還と明治元年で覚えた。
 
 もう一つは、坂本龍馬の存在。
 視点を変えれば坂本龍馬も沢山登場してくるかもしれないけれど、幕末から明治元年までの流れを政治的・国際的・社会的な視点で見てみると、確かに「教科書から坂本龍馬を除く」というのは良く分かった。
 
 例の「御成敗式目」は、何が成敗だ?と思っていたら、裁判で活用する六法全書みたいなものというのが分かって、へぇ〜!だった。
 エントリー的だけど、大化の改新〜鎌倉末、そして幕末から日清戦争ぐらいまで勉強できて面白かった。が、日本の歴史は取り敢えずこれで終わりにしたいところだ。

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