遺品

 写真をやっている人、特に年配の人、例えば私の師匠とかと話をしていると「ナカジマくん~、私が死んだら○×のカメラをあげるよ」なんて話題が出てくる。
 ま、デュアドルフ、ジナー、ハッセルなどがチン列していれば、おおお!×10と思うのが常だ。

 しかし、これが遺品や形見となると、おおお!×10にはならない時がある。
 場合によっては、もらった!嬉しい!・・・でも使わないからしまって置こう、が普通かもしれないけど、それを新たに現役として復活させて使ってあげたい、と思うのが多少なりとも写真をやっている人の感覚だと思う。だよね?
 少なくともヤフオクに出品して、という概念・・いや、それで得たお金で現役カメラをゲット、というのもあるのかなぁ?
 いずれにしろ単純にカメラを貰う、とは訳が違うのが遺品としてのカメラだ。

 ご夫婦供に懇意にしてくれる方の旦那さんが亡くなり、線香を上げに行ってみれば形見分けで貰ってきたのが、minolta SRT 101。50~60代なら、Nikomat FT、Canon FTb同様に郷愁の昭和モードのカメラだ。

 当然のように現役復帰はまず不可能で、レンズはカビだらけ、モルト交換は必須。
 カメラ関東サービスを始めとして古いカメラの修理会社はいろいろあるけど、修理ができるのはメカニカル部分だけなので、露出計周辺は成り行きモード。
 遺品なので、何らかの現状維持価値を見いだせなかったらお断りしようと思ったけど、Nikomat FT2を買う前に一時借りて使ったことのあるSRT 101だったので、思い出のインテリアにしようと思った。

 断捨離した後に本棚を作ったのでスカスカ~。
 ボディの底にルーターでデーターと旦那さんの名前を刻印し、その棚に愛機Leica R6よりもエラそうに鎮座させてやった。
 そういう意味で遺品というのは当事者(私)が死ぬまで一緒、という意識になる。

 非常に微妙なんだけど、どっかの大先輩や師匠から形見で8×10のデュアドルフなんぞが来てしまったらどうしようかと、小市民的杞憂風に心配してしまったりして。

 このSRT 101全盛のカメラって、クロームボディよりブラックボディの方が5,000円ぐらい高かったのが通常。
 ペインティングしているからだろうけど、なんか懐かしい。

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