香菜

香菜 香菜で一杯やっているハナキンである。「ハナキン」はもう死語なのかな。
 中国とかだと日本のもやしぐらの量と価格以下だけど、日本食では殆ど使わない野菜なので、ちょこっと入って200~300円もする。
 これもいろいろ呼称があるようで「コリアンダ」とかetc。普及しないからいろいろな名称があるということかも。

 「食は中国にあり、4000年の歴史」というのは誰もが認めるところだあるが、だらだらと中国語学習にしがみつき大学の中国科にもしがみついて学んだところから、そして日本食の日本人の私からすると、中華料理は簡単に言うと「食材を必ず火を通して何かしらの調理にする」というのが大前提となり、ある意味、みーんな同じじゃないか?になる印象を受ける。
 というのは、餃子もシューマイも小籠包もみーんな、平たくした練りモノを何かの餡で包んで何かしら火を通して調理したものである。とすれば、ベトナム(とかだったかな)の「生春巻き」というのは、おおっ!と日本人は感じる。
 
 以前にも言ったように、日本では使われない香菜を初めて食べたのは、初めて台湾に行った28年くらい前。
 最初食べた時には、なんだこの味と香りは?腐った紫蘇かな、と思ったりもし、通った台湾の3年ぐらいは全く受け付けなかった。その初日には、すぐ日本に帰りたいと思ったほどだ。それら八角もそうだけど慣れたのだろう4年後ぐらいには逆に大好きになった。
 ただ、これらは食べ慣れていないので、我が家のような冷蔵庫処理デーの夕飯に並ぶ、余ったハンバーグ、余った開きのサカナ、余った餃子などの時に、こういう香菜や八角が入る料理を含むと何処となく違和感がある。これらが含む場合はオールチャイニーズじゃないかと思った。

 この香菜をそのままちょこっと垂らした酢醤油で食べるのは、思いっきり美味である。
 これに合わない酒は、ワインと日本酒ぐらいかもしれない。
 こういうのを中国人のシェフに言わせると料理に含まれない。単に素材に調味料をかけて食べるだけで何処にも調理というプロセスがないからだ、と言う。
 これから分かるのは、中華料理はプロセスに視点が置かれ、日本食はプロセスよりも結果に視点が置かれている、となる・・・卒論は無理だけどレポートだとしても、これだけではちと弱く説得力ないなぁ。

 ただ、例えば餃子とかの練りモノでは薄力粉等で皮をつくるのだけど、水餃子と焼餃子にする場合では、その薄力粉をお湯で薄めるか水で薄めるか、またはその配分が微妙に違うそうで、日本ならそばやうどんのコシの強さやシコシコ感とかなどと比類するみたいだ。で、練りモノは中国では北方なので、その北方出身の中国人はこの違いをきちっと微妙に区別するが、南方の中国人は米とかがメインなので微妙にこだわりの違いがあり、関西のうどんの蘊蓄を聞く関東人と似ているかもしれない。
 ただ私からすると、江戸前寿司同様に皮が薄く小さく外皮がパリッとした焼餃子が一番美味く感じるから、どんなに美味いと言う水餃子でも、なんかベチャベチャした餃子ぐらいにしか感じられず、これならワンタンの方が良いな、と思ってしまうところである。これは北方中国人が餃子等を主食として捉え、主食は米に日本人からみる異文化の違いからかと思う。
 「中華料理を極める第一歩は水餃子」と誰かが言っていたけど、うーむ、私、極めなくても良いッス、食べたいと思う物を食べたいッス~。

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