Vamos

octubre 1993
Vol. 4
  1. イベロアメリカフィエスタ
  2. グアテマラに学校を...チャリティコンサート
  3. 連載エッセイ「スペイン事情」中島健
  4. 連載旅行記「アンダルシア珍道中記」姫野幸司

1993年10月発行
発行責任者:萱嶋太郎
編集/文責/翻訳:姫野幸司
広 報:田島グロリア・佐々木亨
発行所:宮崎イベロアメリカ国際交流協


第1回イベロアメリカフィエスタ
 第1回イベロアメリカフィエスタが7月10日(日)、宮崎市中央公民館で開催されました。会員外の参加者も含め、60名がこのフィエスタに参加し、スペインや中南米の料理を味わいながら、交流を深めました。

 午前中、調理室で各5班に分かれ(スペイン料理班、グアテマラ/メキシコ料理班、ホンジュラス料理班、コロンビア料理班、ブラジル料理班)、参加者に手伝ってもらいながら各国料理の講習会が開かれました。参加者の中には初めて見る、作る料理に興奮しながら熱心にメモを取っていました。
 料理内容は、スペインのアンダルシア風パエリャ、グアテマラおよびメキシコのタコスとアボガドのサラダ、ホンジュラスのタコスとフリホーレス、ブラジルのフェジョアーダ、コロンビアの鶏肉料理とじゃがいも料理。

 午後から始まったパーティ会場には、スペインや中南米の置物や写真が飾られ、バックにはペルーのフォルクローレが流れ、また、色鮮やかな各国料理が並び、会場はラテンムード一色に包まれていました。参加者は各国料理をつまみに、ビールとワインを飲みながら、中南米談義に話しを咲かせていました。
 また、ホセ・ルイス・ギジェンさんは、用意したビデオを見せながら、グアテマラのインディオの様子、遺跡などを説明し、グアテマラでのボランティア活動の理解を参加者に求めていました。最後は、本場のサンバやサルサの踊りで盛り上がり、猛暑を吹き飛ばしました。


グアテマラに学校を...チャリティコンサート
バモス会員各位

 先にお知らせしました「グアテマラに学校を...チャリティ-コンサート」の日程が下記の通り変更されました。また、主催団体が、各界の代表者および個人から構成される「グアテマラに学校を...チャリティーコンサート」実行委員会として新しく組織されました。
 バモスから10名この実行委員会に加わり、コンサート運営に関わっていきます。尚、同実行委員会の事務局はバモス事務局が兼ねることになりました。バモスの幅広い活動の一環として、外国支援活動も含まれています。趣旨に賛同の方がいらっしゃいましたら、チケット販売でご協力願えればと思います。 

「グアテマラに学校を....チャリティーコンサート」開催について

  • 日 時:平成6年12月9日(金)午後6:30〜8:30
  • 場 所:宮崎県立芸術劇場
  • 主 催:「グアテマラに学校を…チャリティ-コンサート」実行委員会
  • 共 催:宮崎イベロアメリカ国際交流協会&RIEの会
  • 入場料:大人2,500円/子供(高校生まで)1,000円
  • 内 容:声楽〜前田理恵子(ソプラノ)、斉藤美代子(ピアノ)
  • 友情出演:
     松木敏治(テノール)、池田泉(パイプオルガン)
     アカデミックアンサンブル


連載エッセイ「スペイン事情」

中島 健 「スペイン事情 - 1」

 スペインは、日本と同じくらいの長寿国であるにもかかわらず喫煙国でもあります。もちろん、官公庁や公共施設などは、日本同様至る処に禁煙マークが貼ってあります。
 警察署も勿論なのですが、そこに並ぶ人たちの為にちゃんと灰皿があるし、中で働く警察署職員も煙草をプカプカ仕事していたりもします。病院でも看護婦さんがナースステーションなどで吸っていたりしてオドロキもんです。
 いつも半分まで消してしまう私には「もったいない!」と言う彼らは、必ずフィルターの根元まで吸います。

 ところでスペインの飛行機(イベリア航空)に乗ったとき、喫煙席に座れなかった私がじっとガマンして座っていると、隣のスペイン人のオッさんがいきなり窓の上の禁煙シールをはがしました。何をするのかと見ていると、なんと前の席の禁煙マークの上にペタっと貼り。自分はあたかも喫煙席に座っているかのように煙草を吸い始めたではありませんか。
 突然禁煙席エリアに現れた喫煙席に事態は如何に?と心配していると、今度は貼られた席の人がそれをはがし、また前の席にペタッ!そして煙草プカプカ〜、スチュワーデスもそれを見ても何も言わず、とうとう禁煙席エリアが半分になってしまいました。

 喫煙、肥満おかまいなしのスペインが何故、禁煙をし肥満に気を付ける日本同様、長寿国なのでしょうか?健康ブームである昨今、今一度の再検討?はいかがでしょう。


連載旅行記「アンダルシア珍道中記」

姫野幸司

1993年12月24日(金)マドリッド → マラガ

  • マドリッド
     町はクリスマスの買い物客でごった返していた。デパート「エル・コルテス・イングレス」前の通りでは中学生達がコーラスを歌いながらカンボジア難民の募金活動を行っている。風が強く冷たいが、日だまりは暖かくて気持ちがいい。
     国内線のロビーは閑散としている。サンタクロースに扮した空港の係員が子供たちに飴を配っている。娘も飛んでいき飴を貰ったが、そのお返しに頬にキスを求められた。静かなクリスマスイブ。しかし、マラガ行きの便は外国人観光客で満席だった。

  • マラガ
     パソコン通信で知りあったHさんが出迎えてくれた。バリャドリッド(マドリッドから北へ3時間)から夜行バスで10時間近くかけてマラガまで駆けつけてきてくれたのである。<

     マラガは地中海沿岸とあって暖かい。風が生暖かく、日本の春のような暖かさだ。レンタカー(1週間で2,2000円ほど)を借りて、市内の中心部のある3つ星ホテル(トリプルで8000円ほど)へ。
     ここの3つ星ホテルDon Curroは落ち着いた上品なホテルである。フロントの女性と話しをするが、アンダルシア地方の訛りが入っていて聞き取りにくい。Sの発音が抜け落ちるのである。例えば、コモ・エスタがコモエッタとなるように。
     このセニョリータの話では、昔はイブに大人も子供も総出で町を練り歩いていたが、最近は子供だけになってしまい、だんだん古い習慣がすたれつつあるという。自治会の行事に積極的に参加しなくなったそうだ。外に出ると歌いながら町を練り歩く子供達の集団に出会い、娘は額に小さな星のシールをつけもらう。

     8時を過ぎると町はどこも店じまいを始める。近くの大衆食堂で夕食を取ったが、いつもの活気がない。食道部の客は観光客とおぼしきカップルが2組だけ。9時半頃に店主は入口のブラインドを閉め、営業の看板を降ろした。日本の大晦日と同じ雰囲気である。
     ここでの食事内容は、メルルーサのバター焼き、子いわしの唐揚げ、イカの唐揚げ、白ワイン1本(500ml)、ビール、パン。これだけ飲んで食べて勘定の方は、1人1000円くらい。店ではワイン1本200円くらいで買える。

     飲み屋はどこも閉まっていた。Hさんと二人で飲むつもりだったが。

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