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グラナダの不法就労者達
「マネージメント21」8月号掲載(1992) シリーズ「国境から見た国」

 アフリカの第三世界に住む人たちにとって、地中海の向こう側に横たわるヨーロッパは別世界である。アフリカ大陸の北西までやって来てジブラルタル海峡をのぞめば、もう目と鼻の先にスペインがあるとしても・・・。

グラナダの不法就労者達 セビリア万博やオリンピックを控えてにぎやかなスペイン。南部地方にはアフリカ大陸からの出稼ぎ労働者が多い。特に、史跡、アルハンブラ宮殿をかかえる観光地グラナダの町を歩くと、アフリカからの人達が目立つ。
 スペイン特有の明るい白壁の街並みが続く中、楽しげに町を行き交い、記念写真の撮影に興じる人たちの波に逆らうように、重たそうな荷物を持ってブラブラと歩き回る人たちがいる。一様に肩から大きな板切れを下げ、観光客がたむろしている街角の喫茶店やバス停などを徘徊する。
 板切れの上には、お世辞にも高級品とはいえないサングラス、時計などが雑然と並べられている。手にはこれも安物のベルトを持ち、それらが、歩くたびにジャラジャラと音をたてる。どれも1個1,300円ぐらいだ。ヨーロッパ各地、アメリカ、日本などからやって来る観光客相手の商売だ。北アフリカからやって来たアラブ系の人たちは店員やウエーターなどをやっている人が多いが、町を歩き回っているのは黒人が多い。
 日本にいる外国人労働者の殆どは、労働許可があるかどうかは別としても一応パスポートを持って正規入国している。それに対して、ここの外国人労働者たちは正真正銘の「密入国」がほとんどだ。その中の何人かに話を聞くと、皆同じようなパターンで入国しているのだった。

グラナダの不法就労者達 まずヨーロッパ各地で働きたい人たちを斡旋する運び屋を口コミで紹介してもらう。現地の手配師に密航を世話してもらい、国を脱出する。モロッコ西岸沖にあるカナリア諸島に連れて行かれ、そこでしばらく待機。
 深夜、小型船に乗せられて出航し、闇にまぎれてスペインのどこかの海岸に上陸する。場所はわからない。パスポートもなければスペイン語もわからない。今度は現地の手配師にグラナダに連れてこられる。
 そこで商品を渡され、1日、町を売り歩くというわけだ。食事の時間を除き、朝の10時から夜の11時ごろまで働く。給料は日給制、売上は1日約1万円。自分の取り分は3,500円程度だ。月10万円ぐらいになるから、ここではけっこういい稼ぎである。
 手配師から斡旋してもらったアパートに、やはりアフリカからやってきた同じような人たちと一緒に住んでいる。食事代を節約するため外食はしない。夕方はいったんアパートに戻って、皆で自炊する。2,3年働いて国に帰る。職業はこういった街頭販売、もしくは町工場の工員だ。何と日本にいる外国人労働者と似ていることか。

グラナダの不法就労者達 そんな中の1人、ファルと名乗る青年は、アフリカの西部にある区からやって来た。27才。やはり朝から晩まで街頭セールスをやっている。
 まだ来て3ヵ月。手配師から習った「安いよ」、「買わない?」といった商売に必要なスペイン語以外はほとんど分からない。
 町中の喫茶店で楽しそうに話に花を咲かせている人たちを尻目に、歩いて歩いて売りまくる。店の中にも堂々と入って行くが、店員も別にとがめるでもない。観光客も慣れたもので、すぐに追い払うなんていう野暮なことはしない。「高いよ〜」、「まけてよ」と問答したあげく、けっこう買っている。犯罪もおかさず、黙々と働く彼らにスペイン人たちは概してやさしいのだ。

 故郷には妻と2人の子供がいる、とファルは言った。「3年くらい働いて帰るよ。将来は故郷でブティックを持ちたいんだ。ヨーロッパのファッションを輸入すれば売れるからね。」と屈託なく笑った。
 生活のために国境を越えるのは、もはや珍しいことではなくなった。密入国、不法就労とかの言葉もあるが、家族のために黙々と真面目に働く彼らにエールを送りたくなる気持の方が強くなった。

グラナダの不法就労者達

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