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アクシターノと日本:グァディックスに思いを馳せた日本人のホームページ
中島健氏は、第二の故郷と言ってしまうほどグァディックスが大好きな日本人だ。この思いが、まさに日本発グァディックス・テジタル新聞のようなホームページとなった。
1996年9月にオープンしたグァディックス市役所のホームページは、世界のいろいろな人たちにオープンにしてきたが、おそらくその中でより興味深かったのは、このホームページの件じゃないかと思う。1992年に初めて *注 グァディックスに訪れた中島氏は、日本から1万キロも離れているので、なかなか訪れる事ができないながらも、ずっと想いを馳せていたに違いない。そんな中で、彼が取った方法こそが、簡単に世界とコンタクトできるインターネットなのである。このホームページ「アクシターノ」は、彼の独特の視点から、同郷の人たちへの郷愁を呼び起こさせるものがあり、日本語とスペイン語対応によるページ構成で、ルポルタージュの写真とエッセイが対になっている。特に「青空市場」は、日本支局発信の将来のデジタル新聞「アクシ・タイムス」を彷彿させる。
彼は電子メールにて、グァディックス市役所にリンクを張ること、そして市の紋章を自分のページに張る事の許可を求め、実際にOKとなった。
「近いうちにグァディックス市役所のホームページは、彼のホームページとの相互リンクを張ろうと思う。」グァディックス市役所の広報担当のホセ氏はそう言い、「ネチケット、つまり通信においてでも、常識、礼儀などがあり、相互リンクも一つの礼儀じゃないかとね。」と付け加えた。
「地方都市のとしては最初であるこのグァディックスのホームページが開設されてから、実に4500以上のさまざまなところからの問合せがあった。南米諸国、スウェーデン、カナダなどなど。また、私達のような小さな町がホームページなどにおいてアピールする事は、大企業であるコカコーラ社やマイクロソフト社のホームページと同じインターネット上とも言えるので、とても重要な事だと思う。そしてこれからはもっともっと楽しいホームページにして行きますよ。」と、ホセは力強く私達に約束してくれた。
取材:ピラール・モレーロ(グァディックス支局)
1998年 7月21日付 イデアル新聞
*注:初めて訪れたのは1986年なのだが、この取材時ではその説明ページが未完成だった。
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