82歳の私

 1988年の韓国ソウル取材は、取材しなければならない幾つかの他は現地にてタイアップの旅行会社ろ調整してゆく。
 ライターが「韓国の占いってどーよ?」
 今までにない現地コーディネーターが戸惑い「その件につきましては今日の夕方までに確認いたします」

 翌日その占いへ行くのだけど、二人の若者が一緒にやってきた。へ?
 「ちょっとアブナイ地域なのでボディーガード風なのをお願いしました」え?

 弥阿理(ミヤリ) という38度線に近いエリアでちょっと若い女の子がプラプラするのには勇気が要るような佇まいで、なるほど~。
 弥阿理(ミヤリ)という地域の中のある一角に占い師が集まっているところがある。お店ではなく普通の住宅街で自宅で占いを営んでいる。

 コーディネーターが安全そうな家を探して声をかける(大丈夫かよ)。
 中からグラサンをしたおっさんが出てきてコーディネーターと話をしている・・「日本からの取材?韓国の悪口を書くのなら嫌だよ!」
 理由を説明してすんなりOK。

 聞けば盲目で・・え、どうやって占うの?
 彼は、見開きA3の広辞苑以上はある厚さの点字の資料を持ってきた。四柱推命らしい。四柱推命と言えば中国三千年の統計学だ。

 スタッフみんな遠慮したので私が占ってもらうことになった。
 通訳を通して、私の職業やいでたちなどを説明したと思うけど、それでも見えないから「事前情報」は掴めないと思う。
 生年月日や生まれた時間などをいろいろ聞きながら彼は手を本のページの上をさすりながら調べている。

 後年台湾でも占ってもらったけど、アジアの占いでは日本だけじゃない、はっきり言わないのは。
 韓国、台湾と「ハズれたらどうすんだよ?」ぐらいに明言するから、逆にこっちがどうでも良い過去のできごとを当てはめて納得してしまうこともある。

 以下、通訳を通して;
 「なかなか女の子に人気があるね」、はいはい、リップサービスかな。
 「小さい時、水難にあったでしょ」
 「ないよ」
 「いや絶対あるハズだ。良く考えてみてください」
 普通に生きていれば、何かしら水難という事柄の思い出ぐらいあるのが普通だけど・・。
 引き続き恋愛運展望を聞いてもらった。

 「今付き合っている女性とは相性が良くないので別れた方が良い」
 おいおい、断言しちまうのかよー、私30歳になったばかりだよ、じゃ、いつ結婚できるの?
 「33歳だ!」
 へ、33歳に出会った女性と結婚?
 「いや、それは分からないけど、とにもかくもアナタが33歳の時に出会った女性がキーワードになる」
 その女性にいろいろ彼女を紹介してもらうとか?
 「アナタは82歳で死にます」
 頼むよ、通訳。じゃなくってそういう場合は「82歳まで生きます」と通訳して欲しい。

 帰国後、そんなことをすっかり忘れてしまって時が過ぎて気がつけば、その33歳で出会ったのが今のカミさん、おお!妙に当たっているじゃないか。
 と、すれば私は寝たきりにしろ82歳、あと30年生きられるということだ。すげー嬉しいな。

 写真撮らせてよ・・・
 ちょっと待ってね。
 何をするか思って見ていたら櫛で髪の毛をとかして、はい、お待たせ。

 82歳で死ぬのは置くとしても、30歳の時に占ってもらってその3年後の33歳に出会う女性がキーワード、まさにビンゴ!
 機会があれば菓子折りでも持って再訪したいのだけど、怖そうな弥阿理(ミヤリ) ・・ネットで調べたら地下鉄があるみたい。ハングル喋れないからなー、と思って早22年。

 帰国したら別れた方が良いと言っていた彼女がタイミング良く四柱推命の本を読んでいた。真面目な占い師だった細木数子先生著のやつ。
 その占い師の言ったことを無視して(忘れていた)付きあい続けていたけど、確かに後年別れた。

 三千年?の歴史を持つ統計学の占星術は、他の占いからすればかなーり信憑性があるのだけど、氏名の漢字や字画などもチェックする・・・はて、それは日本の漢字なのだろうか、繁体字、または簡体字なのだろうか?
 視覚という象形文字を基とするそれら漢字に、どれを字画とするのかが、今でも微妙。
 
 でも、究極の占い風に「アナタは何月何日に死にます」なんて言われ、それが宿命的に逃れられない事実を先に聞かされたらとても悲しいぞ。

 そこそこに近似値的な占い方法でもって笑いながら真実のが占うコツかもしれないと、この時に思った。

哀愁のマキシー

 酒を飲む国にはいろいろな種類の飲み屋がありスペインなんぞはその最右翼の一つだと思う。スキャンしていたら懐かしい写真が出てきた。

 スペイン南部、アンダルシア地方の居酒屋(Bar/バル)では、食カス、吸い殻、ナプキンなどすべて床へ捨てるのが一つの文化、というやつ。15年くらい前までの話だけど。
 北部のスペイン人に聞くと、自国の恥部をさらされたように照れながら「南部では多いね・・」。
 ゴミが多いのが繁盛のバロメーターと言われもしたけど、ペセタからユーロになった今、南部とは言えども、よほどの田舎に行かないとこういう風習?は見かけられないかもしれない。最近行っていないので詳細不明。

 野良犬も入ってくるので、飲んでいると何かがぶつかり足下を見るとライオンぐらいあるような大型の野良犬が客が捨てたチキンの骨などを食べている。
 その横で乳母車に赤ちゃんを乗せたお母さんがワインを飲んでいて、とっても危険風に見えるのだが、こういうところでの短気さは日本人よりも勝るスペイン人なので、吠えたりかみついたりしたらたちまち殴り殺されるので大型犬と言えども静かに食べている。

 大変めちゃくちゃに見えるこの何でも床に捨てる風習だけど、閉店後まとめて床を掃いて掃除して一石二鳥。とても分かりやすい。

 人の数ほどあるこういうバルなので、店の名前とか看板とかほとんどこだわりがない。
 このお店も「バル・ビジャフエルテ」になっているけど、ビジャフエルテ通りにあるからそういう名前で、日の出通りにある焼鳥屋「日の出」というのと同じ。近所の人なら誰でもが知っていることなので看板とかの宣伝感覚が希少。

 滞在中、とうとう最後まで通い詰めたスペイン田舎の小さな飲み屋。
 マスターはマキシモ(通称マキシー)。
 私も飲むけど彼も良く飲む、注文の度に棒を引いて数をチェックしているのだけど途中から酔っぱらってきて勘定時にはたいてい「ケン、全部で何杯のんだ?」
 紙を見て「マキシ~、それじゃ5杯しか飲んでいないよ・・うーん、私も記憶が微妙だけど8杯ぐらいじゃない。それでどお」

 写真に写っているのはマキシーの娘さん。
 カミさんと再び訪れた時には、娘さんにトルティージャの作り方を教わった。
 後年・・2005年だったかな、写真学校の生徒有志で訪れたら店はあったけど若いあんちゃんが店を仕切っていた。
 「マキシーは?」
 「マキシーは亡くなったよ」
 「え、なんで?」
 「詳しいことは良く分からないんだ」
 その時、顔見知りの常連が入ってきて「おー、久しぶり、ケン」
 聞いてみれば2年前に交通事故でなくなった、とのこと。娘さんも旦那と一緒にどこか別の町へ移り住んだようで所在不明。

 その2005年の旧マキシーの飲み屋の床は相変わらずゴミが散らかってはいた。
 ツーショットの写真を撮っておいて良かった。

 ちなみにかぐや姫の「マキシー」、これも実話でピラニアというあだ名の南こうせつのガールフレンドで歌詞の通りに自殺してしまった。ピラニアというタイトルじゃなんだからでマキシーにしたそうだ。
 これを時々リバイバルで聞くと思い出すマラガのマキシ~。

カレー

 カレーを作ろうといろいろスーパー等を見て回ったけど、缶入りのって全然ないのね。固形ルーかレトルトパックだけ。
 近所の三越支社店みたいなのがあって、そこで売っていると聞いたので買いに行った。500ml缶で牛肉入りのが890円で売っていたけど、無視してオーソドックスな480円のにする。
 何故か向こう隣にスーパーがあり、そこで牛肉を仕入れる。カ
 レー用のブロックが売っていたけど580円だったので、450円のオーストラリア牛の一塊を買う。
 なんかこういうの主婦感覚だぞ。って自炊していた頃もそうだけど、スーパー等で買い物をするとどうしても安い方に目が行ってしまうのだ。
 ただし野菜などは中国産かどうかをちゃんとチェックし、高くても中国産以外のを買うようにする。

 いろいろなカレースパイスを入れての本格的なのは「男の料理」にお任せするとして、シェフ・ボッキ~中島は、あくまでも出来合いのにちょっと手を入れただけのB級グルメ志向。

 カレーにしろ出来合いのはオールラウンドな味なのでやや力強くないのは仕方がないところ。
 じゃがいもは好きだけど何故かカレーには入れないで、タマネギとニンジンだけ。シチュー風にする時はマッシュルームを入れる時もある。

 鍋に一塊のバターとサラダ油を先に入れて火をつける。
 牛肉を入れ胡椒をパラパラして軽く炒め、ぶった切ったタマネギとニンジンを入れて引き続き炒める。
 缶のカレーと空き缶にいっぱいの水を鍋に入れる。
 他に加えるのは、小チューブのチャツネを半分ぐらいと胡椒とカレー粉をそれぞれ大さじ2杯。
 強火でかき回し、沸騰したら弱火にしてグツグツ・・・。
 この時、割りばし等を上から刺し入れ、水面のところをチェックしておく。私はマスキングテープを使っている。
 時々チェックして灰汁を取る。
 そのマスキングテープの半分ぐらいの水面になったら火を止めて終わり。

 組み合わせだけど、何故か昔からカレーには、ゆで卵と牛乳。
 添え物は日本の福神漬けかベニショウガ。らっきょうもいいな。
 そば屋のカレーが美味いのは、上記空き缶に入れる水がそば湯+つゆなんだろうね。

藤沢駅東口

 好きではなかった高校生活の反動もあってか、週末になると今は亡き緑ケ丘ユースホステルに良く行っていた。
 そこの常連が集まっての緑ケ丘グループというのがあって大学生の先輩たちがたくさんいて楽しかった。場所は旧国道1号線、遊行寺から少し横浜方面に戻ったところにあった。
 よって、降りる駅は藤沢駅だけど、いつも西口でお金のない高校生はテクテクと40分ぐらいかけて藤沢~遊行寺~緑ケ丘ユースへの坂道を上がって行った。
 その途中の境川沿いにあった成人映画館(今もあるのかな?)にて高校2年の最後の春休み、初めて成人映画を見た、それも学割で。

 そのグループにて鎌倉へ行くことはあっても藤沢駅は当時から立体になっていてそのまま江ノ電デパートへ。
 つまり1Fの藤沢駅東口出口に出たのは3回ぐらいしかない。
 その駅前の写真がスキャンをしていたら出てきた。おそらく横浜寄りの出口だと思うが、駅舎も変わり今はこうなっていないと思う。
 付近には、鎌倉・横浜、歴史で言えば戸塚・保土ケ谷があってやや藤沢は微妙ダウンだけど、住めば都ならず通えば都で思いで深い駅である。

 1977年の4月だから今から33年前、大学に入学したその月だ。
 江ノ電藤沢駅は基本的には変わってはいないけど、微妙に違うような気がする。
 数年前までアンティックな車両も敢えて走らせていたようだけど、今はみんな新車両風。

 定番としては、藤沢~極楽寺~長谷寺~大仏~(銭洗弁天)~八幡宮。
 極楽寺の駅も、ちと自信がないけど今とは違っているような気がする。

 高校嫌いで通った藤沢周辺、そのおかげで鎌倉周辺のメイン的なお寺の9割ぐらいは行った。
 おお、デートのロケハン知識としてはバッチグー、と思いきや、それらのお寺のいわれなど殆ど忘れてしまった。デートに下準備は不要、やっぱ現場ライブだよ、なんて言っていた学生時代。

痛いんだけど英和辞書

 「ホッピーは、プリン体ゼロ!」と、どこぞの焼き肉屋に記されていたので、調子ぶっこいて昨夜は何杯飲んだか忘れたぐらい飲んだ。

 今朝は娘の珠算検定があったので酒が残り気味でちょっと遠目の試験会場へ車で送っていった。なんか足首が痛い・・・それも久しぶりの右の方。
 昼下がりに娘の英語の辞書を買いに行った。
 こどもチャレンジや学校から支給された2冊の英語辞書があったけど、カタカナで記されていたり過去形/過去分詞が記されていなかったりで、これじゃ英検4級受からないよ~、というところから。

、とアドバイスして選んだのが旺文社のオーレックスとかいう辞書。

 私が受験の時は、研究社の新英和中辞典がダントツに良かった。
 もちろん版を重ねた最新のがあったけど、こっちのオーレックスの方が良い感じ・・って私が使う訳じゃないのでどっちでも良いのだけど。

 厚さは2000頁あるので、小学館の西和中辞典と中日辞典と同じだ。
 高そうだな、と思って価格を見ればなんと3,465円・・安くないか?西和と中日は7,000円はするぞ。やはり需要数の問題なんだろう、たくさん売れれば安くなる。

 夕方、微妙に足が痛くなってきた。
 薬を飲んで湿布して・・明日病院へ、何時に行けるだろうか?炎症発作を軽度の1からの5段階で言えばレベル2~3。当分禁酒だろうな~。

 撮り方が違っていてあまりライティングの参考にはならないと思うけど、基本は黒モノは黒系背景、白いものは白系背景だと思う。