定期便

 今日の余震はいつもより大きかった。
 
 先週から各自適当なカバンに防災グッチを入れていて、今日のグラグラが来た時、私が一番遅かった。
 こういう余震をポジティブに考えると、毎日実践避難訓練ができて良い。そうか?

 ニュースを見たら、埼玉県震度4、東京震度3、つまりさいたま市は震度3.5ぐらい。
 もっと大きく揺れた気がしたけど我が家だけ遊園地のバイキング状態なのか?今回のは何も落ちていないので、やはり震度3.5なのか・・・気象庁さん、ライス大盛り風に震度4にして欲しい紀文だ。

 でも最初のあの地震からずっと余震が続いているけど、たいてい17時〜20時の間に余震があるような気がしてならない。暗くなってからの時間停電時だとより怖いだろう。
 一度風呂に入っている時に揺れたけど、タマキンが縮むってこういうんだな、と生まれて50年、初めて経験した。ま、今回の大地震も初経験だけど。

 あれ以上の揺れがないというのが余震とラジオで言っていたけど、でも怖いぞ。
 こういう怖さをたくさん経験すると、ちょっとやそこらの遊園地の絶叫マシーンなんて公園ブランコの立ち乗りぐらいになるかもしれない〜。

風呂パック

 さいたま市は幸運にもガスも水道もOKだけど、その分余震がいつも心配で、風呂も落ち着いて入っていられない。
 チンチン丸出し状態でグラグラが来て飛び出すと確実に肺炎で死んでしまうので風呂に入るのもなかなか緊張感があーる。
 この緊張をストレスと思うか、生きるってヒシヒシ感があるなー、と思うかはいろいろだけど、ここ1週間風呂(殆どシャワーだけど)は緊張しますですぅ。

 本当の最前線激戦区の被災地区域の避難している人達はシャワーの「シ」もないけど、特に我が家、家屋建築方法に拠るのか近隣よりやたら揺れるので風呂はキンチョー。
 一度、トイレの中で揺れたけど、人間不思議だねぇ、ウンコとかしている最中に1度揺れたけど、何故か冷静にひたすらひねり出しに専念し、かつちゃんとケツを拭いてから外に出て、そこからダッシュで外へ。

 おまけに節電ブームなので、靴下2枚、下半身はらくだのももひき(ユニクロの最新・・名前失念)の上にGパン。
 上はシャツの上にらくだのももひきみたいなトックリ(ユニクロの最新・・名前失念)、その上にユニクロのボタンダウン、その上にユニクロのトレーナー、その上にユニクロのジャケット・・・あれ、みんなユニクロじゃん。カミさんが重ね着してもユニクロは一つもないぞ。
 こういう防災ファッションをこれからは「十二単モード」と称しましょうぞ。
 こんなのを一つ一つ脱いでシャワーを浴び、そしてまた一つ一つ着てゆく。
 こんな時にでもグラグラと来たら、と思うと、ゆっくりチンチンだって洗えやしない。とほほ。

 靴下はいて寝ると親の死に目に会えない、と死んだばーちゃんが言っていたけど、こういう場合、お詫びは彼岸にて宜しくだ。

 落ち着いたらどっかのツアー会社、やってくれないかなぁ、被災慰労温泉旅行の超格安パック。
 東北地方、特に仙台、盛岡、福島在住者は1泊2日でアゴアシ(電車と宿泊代込み)2,000円、関東地方は7,000円。日程は土日泊可。場所は地震のなさそうな北陸地方。←これ、最後の後方支援だと思うけどね。> HIS, JTB, etc

 旅館の朝飯が何故か好きだ。
 ありがだけど、海苔と焼き魚、目玉焼き(または卵焼き)に納豆。でも旅館朝食の味噌汁って何故か薄い、またはさっぱりしているのだなぁ。民宿はガツーンと濃い。当然後者が良い。
 前夜の酒が微妙に残るもやもやで朝日が差し込む部屋で朝食・・・いいな、GW辺りにちょっと近場にでも行ければ良いね。

 なんて文章を打ち込んでいると、スイスのマヌエルからSkype。
 「Fukushima大丈夫?で、ホースマンは売る気あるよね・・・」
 「もちろん売る気はあるけど、東京はここ数日が山場だからこれが落ち着いたらちゃんと手配するよん」
 「良くなると良いね」
 「最悪になっても爆弾じゃないからちゃんと送ることはできるよ。特別福島産放射能付きのをね、良いでしょ」
 「おお、放射能は要らないよ」←妙にマジになっている
 「水で洗えばOKだよ〜」

イシノマキ

 地震が起きた時は、マックや周辺機器および引伸機などが落ちまくり、それよりもプルーフプリントが1/4ぐらいダメになってそれなりにショックだった。
 片づけに3日間かかりその間ラジオから流れる地名は仙台や大船渡、三陸海岸。その後原発にトラブルがあり、福島原発オンリーとなって地震から1週間。
 あちらこちらの被災地からのリポートがラジオから流れてきて、イシノマキ、オナガワ・・・あれ、両方行ったことあるよ。
 特に石巻は、石巻専修大学というのがあって、そのパンフレットの取材でかれこれ15年くらい通ったことがあった。
 女川は別の取材とかで行った記憶がある1998年。
 
 ふと思い出しのは自分のホームページにちょこっとだけ女川の写真をアップしていたことだ。

http://www.accitano.com/doc/Album_J/Fotograficos/Onagawa_J.html

 小さな港町で終点の女川駅を降りて港の埠頭まで歩いて40分ぐらいかな。つまりそれが町の規模ぐらい。
 「何もない女川」と言ったら、誰かが原発と自衛隊があるよ、と言っていた。
 石巻市街は撮影で殆ど回り、それなりに見知った(つもり)。
 悪魔の囁き的にyoutubeで検索してみると、見知った町並みが水に浸かりまくっていて、女川はなにもなかった。

 石巻取材で前泊があったので、早朝から出かけその日はFuji GW690/NEOPAN SSで20本ぐらい撮った。
 ちょこっとほとぼりさめたら石巻に行って、先に撮った場所を改めて撮ってafter&beforeで並べたら写真展なんぞもできそうだけど、確実にモラルを逸脱している売名行為風だ。
 どっかのグループ展とかで「イシノマキ」なんてタイトルでサラっと出してみたりして、心の中でレクイエムが良いかな、なんて思う震災1週間の今日。

 仕事関連で時々立ち寄っていたのが居酒屋スナックの「まんまる亭」。
 いつもニコニコ顔で唄の上手いマスターとおだやかなママさんが切り盛りしていて、マスター達の自宅が拙ホテルと同じ方向なので、いつも看板まで飲んで途中まで一緒に帰った記憶がある。
 石巻専修大学は海から3Kmなので難を逃れたとニュースで聞いたけど、マスター達の家は中洲の近く。地図を見たら、うげー、ビンゴだよ。
 その前泊の午後に中洲にて写真を撮っていたらマスターと出会って、「これから開店まで家で飲むのだけど一緒にどお?」。
 地震は3時ちょっと前、買い出しとかで出かけていることを願うが、厳しいだろう。
 
 通常なら今三連休のお彼岸で、オヤジの実家へ墓参りしながら隣の竹井くんの「とら食堂」でラーメンと思っていたが、それも今回ままならない。
 やっとこさ電話が繋がり、それなりに揺れたけど殆ど被害がない、とのこと。すぐさま親戚の安否の安堵よりも「じゃ、竹井くんも元気だな、またラーメン喰えるぞ」と不謹慎にも思った。
 まんまる亭にも電話しようと思ったけど、石巻、完璧に電話線ないと思う。

節電っすかぁ?

 突然ランダム停電があるよん〜、だもんで節電宜しくベイビ〜、と政府が言っていたので微量ながらも我が家の電気系統をチェックした。

・トイレのウォシュレットのスイッチを切る。
 たしかに冷たい便座はびっくりするけど、使わない間保温しているのは確かにもったいない、と思った。

・リビングに集中する
 各家族が各部屋で過ごすのなら1つの部屋に集まった方が節電効果があがる。
 家族がそれぞれのMacBookを持ち寄り1つのテーブルで会話をしながらそれぞれの画面を見ている。
 カミさんがYoutubeで津波映像を見て「ああぁ、わおー」、娘はこれまたYouTubeでアラシとかの音楽を聴いていて、私はニュースを読んでいる・・・「うっせーよ、ボリューム下げて、かつ独り言風感嘆はやめてくりー」と言いたいがそれも団らんの一コマなのでチン黙チンチン〜。

 夕方になるとなんで電気消費量があがるのかが最初分からなかった。
 もちろん夕食で電気消費は必須だけど??
 聞けば、冷え込みもあってエアコン、電子レンジ、ホットカーペット、床暖房、オール電化キッチンetc・・・え?こんな家庭って多いの?
 暖房は電気式でもファンヒーターとかじゃないの?ホットカーペットや床暖房は一握りのお金持ちと思っていた。我が家はビンボーなんだなぁ。
 電子レンジはテレビと同様我が家にはないし、エアコン暖房は上から暖かくなって頭がボッとするので使っていないので良く分からない。
 もしかして床暖房+ホットカーペット+こたつ+エアコン+ファンヒーターが日本の標準家庭だったの?ひゃー。 

 石油ストーブとは言っても電気がないと動かないのだね。
 消すとすごーく寒いので、たくさん厚着をしてファンヒーターの設定を「ひかえめ」+ 15度。12畳ぐらいのリビングだからちゃぶい〜。靴下を2枚履いて、ダウンをはおる。
 大義名分ができて「酒でも飲まないとこの寒さにたちうちできない」。
 昔のちゃんちゃんことかがあると良いね。

 報道では「もう一度確認して、不要なコンセントを抜いてください」と言っているけど、スリープ状態のテレビやパソコンじゃなければ抜かなくても良いのじゃないかと思うけど、違うのかな?
 抜くところはもうないよ〜、抜くのなら溜まった下半身を抜いてくれ、なんてギャグさえも出ないくらい抜いた。
 とは言え、不定期停電がこれからありそうなので、プリントの裏打ちを終わらせようと、ちょっと気が引けたけどドライマウントのスイッチをオンにした。バカデカアイロンだから電力喰う〜。
 ガス探知器があったけど、かような状況でこれ必要?

 実際は各家庭でのこんな節電よりも、大きな工場や企業の節電の方が断然効果があがるけど、市民レベルとしてこういう節電意識が被災者達へのサポートに少しでもなるのかな。・・・現実的にあまり効果はないと思うが、こういうのは気分の問題。

 浴槽は最悪の飲料水用に水を溜めているけど、最悪時にこのくらいの量の飲料水って効果があるのか?という疑問もある。
 ずっとシャワーのみにしていたけど、さすがに寒いので風呂を沸かし冷やした足を浸した時の気持ち良さは極楽極楽〜。
 日本が元気になったら温泉とかへ行ってゆっくり浸かりたいねぇ。

 でも、多少なりとも不自由な生活を強いられ、それに沿って家族がそれに合わせて生活してゆく共有意識生活はなんとなく団らんがあって良いや〜。

 便座は本来冷たいもんだ。
 秀吉がいれば暖めてくれるかもしれないけど、私は信長じゃないからなぁ、あれ、秀吉じゃなくて三成だったっけ?

第6回四谷写真塾展初日

 今日もサンサンと放射能シャワーを浴びながら行くぞー!と、第6回四谷写真塾展初日へ赴く。このくらい思わないとやってられないよね、最近の状況〜。
 レインコートやマスク、肌を露出しない方がベスト、と聞くけどそういうのがこれからの起こる可能性に照らし合わせると、より暗くなりそうなので、そのまま出かける。

 駅前に着くと、あ、電車が行ってしまった。
 どうせすぐ来ないだろうから、駅前たばこ屋横の灰皿で一服しようと思ったら二人ぐらい先客がいた。
 喫煙者ってどこかしら迫害意識があるので見知らぬ人でも親近感がある。共通したのは、副流煙なんて吹き飛ぶような放射能サンサンの元で吸うタバコは、なんとも言えない解放感を味わったこと。アホだね。
 でも、タバコの煙であんだけ騒いでいる人達が、なんで放射能のある屋外に出歩くのだ?なんて突っ込みはこういう状況ではフェアではない、と思った。

 単なる乗車時間のタイミングが悪く10分遅刻で到着。
 あれ、芳名帳がないよ。
 芳名帳もねぇ、あればあったで個人情報云々と言われ、なければないで「芳名帳ないのですか?」なんて言われて「どっちなんだよ!」なんて思ってしまう。
 本来ならオープニングパーティがあるのけど中止。写真展自体中止でも咎められないところだけど、開催は慣行。
 こういう写真展って平時だからこそ、というのもあるけど、できるのならやる、という意識を持つのもありかな、なんて改めて思った。

 当番の14時にて交代して停電している我が町へ戻る。
 前回もそうだけど、いつも数人の老人が2Fにある改札口出口の窓から、明るい昼間なのに全ての電気が消えている異様な町並みを記憶に留めようとしているかのようにロータリーを見ていて、スペインのシエスタとは違った一種不気味な町の様相でもあった。

 ところで、来月中旬から始める、あっぷる展のDMを何十枚かを置かせてもらった。
 夕方、ギャラリーから電話があって「あっぷる展のDMをもらったお客様から、宛名ラベルが貼ってある、というので返却がありましたので、こちらでとっておきますね」。
 地震の際にバラバラになってしまったからだ・・。