ビッグX

ビッグX

 部屋を掃除していたら出てきたのは初代iPodだけではなく「ビッグX」のプラモデルの箱も出てきた。小さい頃、切手収集の趣味があり切手シートなどを入れて置く為に使っていたので、今も箱だけ健在なのである。

 私が幼稚園生から小学校低学年までやっていた手塚治虫の漫画とテレビアニメ。
 変身で言えば「仮面ライダー」が有名だけど、その変身のパイオニア的なのがこのビッグXやウルトラマンなど。
 ウルトラマンはペンシル、ウルトラセブンはメガネ、これらを操作すると巨大化したヒーローに変身する。このビッグXは、記憶が正しければ、ペンシル型の注射である時間の間だけ巨大化する。カラータイマーより長かったような記憶がある。「タマなんかぁ、ぶっ飛ばせ~♪」とかいう主題歌。

 というA4サイズぐらいの箱のプラモデル。
 480円とあるけど、今だと4,000円ぐらいの貨幣価値かな。「imai」というのは今井という国産プラモデルメーカーで、当時からある同じくプラモデルメーカーのタミヤをバイクのホンダとすれば、イマイはヤマハで、アオシマはカワサキかな。もっとも当時の日本のプラモデルレベルは二流的で、アメリカのモノグラムやレベルを目指していて、タミヤがそれらを追い抜いた感のある60年半ばから後半の頃。

初代iPod

初代iPod

 部屋を掃除していたら、友達から貰った初代iPodが出てきた。
 Windowsに追いつけ追い越せとやっていたがやや瀕死状態だったアップルは、ジョブスのiMacで復活し、その iシリーズにて新たなデバイス、iPodをリリースして大ブレーク。いや、これは布石で、これに電話を付けたiPhoneが取り敢えずの最終系なのかもしれない。
 モノクロの最終モデルと比べても何処かしら古さを感じさせる初代iPodだけど、逆に何よりも一番愛着のあるデザインなのが初代であるのは、すべてのアップル製品に共通するかもしれない。

 Plusと一緒に新しい玄関にでも飾ろうと思ったら、初代はまだ専用スタンドというのがなかったのに気付いた。写真左側のモノクロ最終モデルを専用スタンドと一緒に置いた。
 車に装着して良くは聞いていたけど、意外と面倒だったのは、全曲入れたら1万曲ぐらいになってしまって運転しながらいろいろ選曲するのがとても面倒だった。収録曲数は100曲ぐらいがちょうど良いかも。
 また、FM電波で音源を飛ばしてラジオから聞くシステムは良いのだが、音源パワーなく物足りなさ満載、それではとカセットテープタイプから音源を取るのが良かったのだが、このカセットタイプのが良く壊れ、季節ごとに買い替えていた。
 今だとiPodやiPhoneを差し込むタイプのカーラジカセとかがあるだろうが、中年になるとTBSとかAMラジオを良く聴くようになるので(私だけか)、カーオディオ系にはあまり感心がなくなっている。

どうしようか、お座敷暗室?

お座敷暗室

 使わないだろう暗室の流しに蓋をして、簡易本箱を積み重ねていた。
 写真集ぐらいサイズが千差万別なのはないだろうと思っていたが、普通の本も文庫本からA4サイズまで8種類ぐらいはある。よってアマゾンとヨドバシの段ボールでぴったり納まるようなのがなかなかない。
 つぶれないよう、中に2枚ぐらいの仕切り板を入れ、3段ぐらいに重ねてはいるが、震度4以上で、はい、積み直し〜、だろう。
 他に、ネガの入ったデスクトレーが何十箱、そしてCDが600枚ぐらい・・。この場所だけ、再度工務店にお願いしてリニューアル、流しと台等をどかしてもらって全部書棚にするとか。

ひな祭り

猫パコ

 日付で言えば昨年の今日は娘の高校の卒業式で、謝恩会にも参加して父兄も結構楽しかった。そして今年の今日は、娘と知床へ流氷を見にゆくはずだったのだが、キャンセル待ちのキャンセルは出なかった。
 何故か私の替わりにカミさんは娘と一緒に千葉の鴨川の方に泊まりにでかけてしまい私は猫パコと一緒にお留守番。留守番と言っても自室の掃除や模様替えとかをする今週末である。
 ブラインドが幾つか届いたので取り換える。いずれも3,000円弱のモノだけど、安いのは安いなりで、ポールをたくさん回さないと羽が動かない、それなりの力で引っ張らないと羽が上がらず、途中で留めたりするのもワンタッチではゆかず多少のコツが必要。
 頻繁に上げたり下げたりはせず、羽を開いたり閉じたりするぐらいの窓だからこれでも十分、と思うのが精神衛生上宜しいかも。

 娘が小さい時に買ったサボテンだけど、すぐ世話をしなくなり、カミさんが仕事でもらってきた桜の盆栽も世話をしなくなった。そうなると捨てるに捨てられず私が世話をすると。あまりこういう植物の栽培とかは好きではなく、部屋に土などを持ち込むのも好きではないので、あまり良い気分にはなれない・・でも仕方がない(涙)。西日が差すと猫パコにはちょうど良い日向ぼっことなるのがミニ出窓で、鉢植えの隣にちんまり座り、近所の猫の散歩や近所の人たちの動きを興味深く見ている。

 ひな壇は当然買ったのだけど、これって何歳まで飾るのだろうか。
 家族全員コングラチュレーションとかになるのは娘が小学生までだろう。中学までは一応飾ってはいたけどこの辺になると、もうじきGWぐらいまでそのままにしまいわすれていたりしていて、高校からは飾らなくなってしまった。今、改めて出して飾ってみようかと思ったが、あ、猫パコがいたのを思い出した。ダメよ、これは。

「どうにかなるさ」

 だんだんと身近な人が亡くなって行く、と思うと、個人的には身近ではないけど私からすると昔から身近だったような人、ムッシュかまやすさんが亡くなった。でも、78才だから、まー、ありかな、などと思ったりもした。今、75まで生きれば天寿じゃないかと思いたいところでもある。
 私がかまやつさんを知ったのは小学校高学年で、曲で言えば、『ゴロワーズ・・』とか『我が良き友』ではなく『どうにかなるさ』だ。← 後年ギターの弾けないフォークファンの友人に良く譜面を見せられ弾かされた。← おかげでギターが上手くなった。
 ちょうど堺正章さんや森光子さんなどが出ていた『時間ですよ』にも出ていた記憶があり、かつ、そこでこの歌を歌っていた記憶がある・・、小学校5、6年生だから記憶も微妙だ。
 でも、子供ながら「今夜の夜汽車で旅立つオレだよ、あてなどないけど、どうにかなるさ」を意味を分かったようなフリをして口ずさんでいた。とても大好きな曲で良いな、と思うのは、全般的にマイペースなムッシュかまやつさん風な音楽にピッタシだからだ。後年、『我が良き友よ』で大ブレークしてしまったので、これがちと小さくなってしまったのがこれまたちと残念なところでもある。

 ついで、この堺さんとかまやつさん関連で言うと、ジュリー(沢田研二)のポスターを見て「ジュリ~」と叫ぶ悠木千帆(現在「樹木希林」)は「寺内寛太郎」だけど、この当時の「時間ですよ」の後とかにやっていた「笑っていただきます」で同じことをしていたような記憶がある。かまやつさんが銭湯の主人とかの役でハッピを着て出ていたような記憶がある・・・実際はどうだったのだろうか。今から50年くらい前の話だからね。
 当時の東京オリンピック(円谷とか東洋の魔女の時)では、次に日本にオリンピックが開催される可能性があるのは、孫の孫の孫辺りの百何十年後と言われていたのに、もう来るよ、3年後。

 かまやつさん、合掌。