Monthly Archives: 9月 2014

コーディネート

コーディネート ファッション自体は大事な一つの対外的な身だしなみなので興味もあれば大事だと思うけど、なるべくこれにひっかかりたくないというのも、面倒くささからくる本音である。
 幸いカメラマンだとサラリーマンとかに比べてそれほど厳しくはなく、あるとすれば、就任式や結婚式とかの式典ぐらいだけど、それにしたって仕事においてはそれほど厳密ではなく、ジーパンNGと無地のYシャツとネクタイ必須ぐらいである。

 今回の拙大学の卒業式は最後の最後まで拙いながらも迷いまくった。
 前日の大阪遊覧があるので、動きややすさからすれば上下黒の背広はNGだ。とすれば下は動きやすいGパンと、黒い靴と黒い背広でOKで、自分の卒業式なのでOKであった。
 というのは、Gパンに合う黒い靴は持ってはいても、上下黒の背広に合う黒い靴はスリッポンとリーガルの靴しかなく、いずれも歩き回るには適していない。
 Gパン+黒い背広が一番良いのだが、9月下旬になるも昼間の気温は東京も関西も28度に跳ね上がっているので黒い背広は勘弁してほしいモードだ。

 Gパンじゃなければ背広がなくてもOKという感覚で黒以外のズボンを探してみれば、裾ダブルのベージュのチノパンがあった。あれ、ベージュのチノパンに合う靴って茶系しかないかもしれない。
 あったっけ?と思って探してみれば、柄になく昔3万円ぐらいのを買ったのを思い出した。私にしてみれば3万円の靴は高価過ぎるものだ。ただ、高い靴はやはり良い。軽くて皮が柔らかく靴が足に合わせてくれるからだ。
 イオンとかで売っている数千円のは足が靴に合わせなければならないのが殆どだからだ。私の持っている靴の殆どはそれだ。

 茶色の靴とベージュのチノパンに合う靴下ってやはり白だろうか?パンツと同様、白の靴下は持っていないので、薄ピンクにしようかと思ったがちょうど洗濯中なので白に近い黄緑にした。ちょっと強いな・・。

 チノパン+白いYシャツ+ネクタイ+半袈裟にすれば、背広不要でも、まぁOKでしょう。
 でも、これに黒い背広になると、例えば時計やライターやショルダーバックもチェックしなければならない。時計は茶色いベルトで手巻きの薄型だから万能風だけど、ライターはジッポーからダンヒルにしなければならないし、フリマーで買った1,000円のショルダーバックなんてNG中のNGかもしれない。
 幸い、黒い背広はなくなったのでそのショルダーバックも妥協点風になった。

 ・・・と、あれやこれやコーディネートを考えるのは面倒である。
 好きな人は好きなんだろうけど、私はこういうのを考えること自体が昔から苦手だ。だからあまりファッションやそれに関するブランドとかに近寄らないようにしている。
 結局は夏ならGパンにアロハシャツ、冬ならGパンにGジャンというのが楽になってしまう。また、少なくともそれでも許される環境にいるのがせめてもの幸いと言えるのかもしれない。

 仕事としての卒業式撮影なら問題ないのだけど、自分の卒業式となってしまったので、ちょっとファッションとかコーディネートとかを稚拙ながらも考えてしまったのが今回~。

 もうちょっと何年か何十年か前に戻れば、例えばライターだって、着こなしによってダンヒルとジッポーまたはデュポンだった違ってきて、その違いが分かる感覚の女性と全く分からない女性がいたりして、それがまた受け止め方が違ってきたりするが、分からないのがNGではない。
 メーカーの違いじゃなくて、火を点ける時の音とかその違いとかetc・・・あれ、なんか昭和テイストのナンパ攻略風回顧になってしもうた。

読書の秋なのか

『宦官』 例の佛教大学在籍の2年間はあまり本を読むゆとりなんぞは全然なかった。いや本は読んだけどその殆どが履修科目関連の本だ。
 昨年の今頃までは卒論テーマを中国の食人(人が人を喰う)にしようと、その関連本を読みまくったけど、結局、孔子も弟子とかの肉を喰ったというのがあり、§食人のルーツ等を探るのは難しくなり断念。今頃から論文テーマの魯迅全集や魯迅関連本を読み暮辺りから原文を読んだけど、あまりピント来なかったかな。少なくとも「狂人日記」や「阿Q正伝」が何故良いのか全然分からず、駄作にしか感じなかった。
 そんな履修関連読本も先月で終わったのだけど、これら中国関連に接しているとチラチラと出てくるのが、「史記」、「論語」、「科挙」、「纏足」、「宦官」など。
 「史記」と「論語」は取り敢えず読んだので、「科挙」、「纏足」、「宦官」をアマゾンでポチッ。もちろん、送料込み500円ぐらいの岩波新書や中公新書などなど。
 宦官については、4000年の歴史ある中国だけどどの時代も専制君主なので、その君主と宦官の係わりはあまり変わらないので1冊読めば取り敢えずOKだけど、科挙の方は時代によっていろいろニュアンスが違うというのが読んで分かったので、改めて追加で 一番安い780円のをポチッ。

 平均的に言えば読書好きではないので、本を読むのは電車の中や寝しなの布団の中だけでペラペラ読んで眠くなったらそのままZzz…..。
 「読書の秋」と、思ったが、それにふさわしくない内容の本ばかりの今年の読書の秋だ。いや昨年も同様だったけど。

クロンダイク

クロンダイク・フォーエバー クロンダイクというテトリスのようなショートゲームがあって、ウキペディアで見ると、ソリティアというカードゲームの中の一つみたいだ。
 そのクロンダイク、やり方は同じだがアニメーションとサウンドが秀逸な「Klondike Forever(クロンダイク・フォーエバー)」というのが昔から好きである。
 http://www.solitaireforever.com/klondike/

 ちょっとトラブルがあって、Mac Book Airをクリーンインストールして、そのクロンダイクをサイトからDLしてクリックしたら、「App Store認定以外のアプリは利用できないよん〜」と警告ダイアログが出た。
 クロンダイクは昔からあるので、当然App Storeから無料でDLできるのだが、つまり、Maverick以降、市販のソフトやphpなどのwebアプリケーション以外、総てApp Store経由になってしまい、ちょっとしたゲームやソフトなどをUSBメモリー等でコピーして使うというのができなくなってしまったようだ。Snow Leopardは問題ないけど。
 
 一般的かつ大多数のマックユーザーにおいては大きな有効的なセキュリティ対策とも言える反面、一つの意志によって統括され統合されてゆくのは、クラウド等を始めとしてどことなくパソコンのファシズムを感じたりもする。
 Appleは昔からこういうところがあったけど、その昔はジョブスマックの使用率5パーセントぐらいのゲーツマシンが席捲していたからあまり目立たなかったけど、今やiPhoneやiPad等でキングWindowsを凌駕しちまったので、それが顕著になったのかもしれない。

タコ焼き

タコ焼き電子辞書 朝起きたら誰もいない。カミさんと娘はどこかへ買い物へ行ったようだ。ダレ切った祭日の昼下がり、遅過ぎる昼飯は近所でタコ焼きだ。
 かつお節とマヨネーズは要らないのだ。いずれも好きなのだけど、これまたいずれもタコ焼きと一緒に食べると、かつお節とマヨネーズをこね繰り回した練りモノになってしまうので、いつも青のりと紅生姜ぐらい。
 かつお節とマヨネーズは要らないと言ったので、バイトのあんちゃん、気を利かせてかソースをたっぷりかけてくれて、ソースをこね繰り回した練りモノになってしまった(涙)。

 刺し身や寿司の醤油なんてちょっと付ければ良い、と云うのと同様なのだが、「つゆだく」が今のご時世なのだろう。

 そのベチャベチャソースタコ焼きを食べながら拙いサイトのより拙いスペイン語ページをちょっと更新していた。こんなのを辞書を見ずにパコパコと打ち込めたら大したもんだが、それは他人の話。
 
 電子辞書はカシオの最新の中国語版だが、メモリーカードを追加すれば他言語も使えるとの謳い文句でスペイン語カードを入れたのだが、内臓メモリーには入らないのか、昔のUSB1.0ぐらいの感応で遅い遅いの超遅漏表示で使い物にならない。
 結局、昔使っていたスペイン語電子辞書を使う。こちらはモノクロ液晶なので素早い。
 しかし、モノクロ液晶はバックライトじゃないので見づらい。老眼もあるのだけど、良く見ないと「i」と「í」が識別できない(涙)。
 2005年に買ったXD-H7500というのだけど、ほぼ10年、良く保っているな、という感じで、逆に愛着も出てきてもいる。
 しかし、ちょうどアマゾンとかを見ると、バックライトのカラー液晶のが2万円で売っている。おお、思わずポチッ・・・いや、今回はポチッを思いとどまった。
 考えてみれば、基本、電子辞書は紙の辞書には及ばないので、辞書を見れば良いというのをこの場合は気付いた。あぶない、あぶない〜。たまにはプチ賢いのね、オレ様〜。

小籠包

小籠包醤焼茄子えのきのキュウリ和え 地元で習っている中国語教室があり、その母体は日中友好協会で、当然のように共産党である。怖えー、と最初は思ったが、中国語教室関連においては少なくとも普通の親切な団体である。
 その協会が年に何回かイベントを行い、今回は「中国家庭料理講習会」。
 お題目は、小籠包と醤焼茄子、えのきのキュウリ和え、酸辣湯。
 
 いずれもゼロから作るので、なかなか大変だ。
 小籠包なんぞは、小麦粉を練って練って、それをちぎって小さな団子状にし、それを麺棒で薄く丸く伸ばすのだが、これがなかなか難しく、中国人などは慣れた手つきであっと言う間にできてしまうのだが、今回4回目の私はその数倍の時間がかかり、かつ、小籠包の皮は薄い方が美味いのだが薄く伸ばせない。

 この小籠包の皮も、餃子の同じように作るのだが、薄力粉と強力粉の配分とかがいろいろあるみたいだ。しかし、私には小籠包も水餃子もあまりポイントが高く、むしろパリっとした焼いたり揚げたりした方が好きなので、レクチャーもあまり耳に入らない。

 醤焼茄子は茄子野菜の味噌炒めで、日本風ならみりんを加えるところが中華風は黒酢を加えていた。えのきのキュウリ和えは、春雨サラダの春雨がえのきだけに換えた感じの味。
 今回の料理では、中国人にとっては小籠包が主食になるらしい。よって通常なら白米は出ない。つまり中国人にとっては餃子定食やタコ焼き定食、ラーメンライスが奇異に写るらしく、日本の白米や欧米のパンとは趣を異にしているのが中華料理のようだ。

 これら練りモノの区別があまりつかないのは、中国食文化を会得していないからだろう。
 上部で閉じて丸くしたのが小籠包、同じく上で閉じて土管を輪切りにしたようなのがシューマイ、貝殻のように閉じたのが餃子で、形状と調理方法を同じくすればいずれも同じ味になると思ってしまう。

 いろいろ中華料理を学ぶもあまり家で作ろうとは思わないのは、こういう中華は自分で作るより誰かが作ってくれたのを食べるのが美味いと思うからだ。男の心理なのかな。

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