Monthly Archives: 7月 2013

バスは行く

 幾つかの夜行バスなどのバス会社は「認可予定」として予約を受け付けていたのに、愛用していた京都行きのMK観光バスは、8月以降のスケジュールが7月下旬になっても発表されなかった。
 国土交通省の認可が正式に下りたのが29日、で、30日になって「8月のご予約をお願いしま~す」とweb表示されていたが、この時になって今更なぁ、だ。
 
 例の運転手の居眠りによる夜行バスの事故( http://ja.wikipedia.org/wiki/関越自動車道高速バス居眠り運転事故 ) の初公判が行われたのが7月下旬ぐらい。正式認可が29日というのがそれに合わせた感じのタイミングが良過ぎる。

 改めて高速バスサイトの「高速バスドットコム(http://www.kosokubus.com/)」というのを見てみると、検索ヒット数、つまり該当バスが以前に比べて半分ぐらいになり、何となく全体的に運賃が1,000円ぐらい値上がっている。
 残りの半分は、法改正によって採算が合わないで廃線になったということだろう。で、言えば、かのMK観光バスは廃線か継続のギリギリのところだったのかもしれない。
 それでもいつもスクーリングで行く金曜日と日曜日では往復8,500円だったのが今回から12,600円になった。4列シートの間隔が少し広い「のびのび」というタイプ。
 とすると、過日、法改正なんのその全く同じ条件で受け付けていた千葉のバスと同じ価格になり、かつこちらは飛行機ならビジネスクラスの独立3列シートだ。MK観光バス、なんとなく好きだったんだけどね。神戸の会社から今度は千葉の会社になりそうだ。

 そー言えば、6月から7月にかけて、ほぼ毎週末連続6回京都へ行ったけど、仕事とかを省き、こんな経験初めてッス。普通、女でもいなければこんなことありませんッス。50数年生きているといろんな事、あるのだなぁ、と思ったッス。
 これで私は夜行バスライセンスのオープンウォーターとアドバンスが終わったので、今度はレスキューだ。←何だそれ?・・ダイビング風。
 因に思うこの「マスター」は、北海道から九州までバスで乗り継いで往復2回が条件だと思う。すげーな、それも。あんのか、そんな便?

 でも、それなりに慣れてしまうと、九州もOKかもしれない。
 ちょっと検索してみると、なんと埼玉から便がある。「のびのびシート」の大宮17:45~博多天神8:55で、8,000円。復路も同じようなタイムスケジュールで往復16,000円。最近やっと慣れた塩気がなくて臭いだけがすごい本場の豚骨ラーメンと明太子を喰いに福岡へ!いーじゃない。
 因に、東京・埼玉~北海道、鹿児島~近畿/関東のバスは見当たらなかった。唯一、大阪~鹿児島はあった、大阪駅20:25~鹿児島中央駅8:30、12,000円。ちょっと高いかな。でも、福岡~鹿児島はなかった。
 尤も早割り飛行機を使うと羽田~九州の往復が22,000円ぐらいだから、バス運行は厳しいのかも。

 ・・と、ウダウダと高速バスサイトをチェックしながらマップトラベルならぬサイトトラベルしながら、やっと慣れてきたヌカ漬けを肴に一杯。
 意外と嫌いな人が多い、シソ・ミョウガ・セロリが好きなんだけど、ミョウガのぬか漬けを勧められて食べてみたが、うーむ、これはどうなんだろう?ミョウガの香りとヌカのがバッティングしているように感じ、ミョウガを漬けるのなら塩漬けかな、と思ったが。
 創作的風にいろいろアドバイスを受けるが、やはりミョウガをミョウガ然として食べるのなら、冷や奴、そーめん、卵とじ汁ぐらいしか思いつかない。プラスすればミョウガの塩漬けかな。

大人の夏休みの宿題 その3

 誰もいないと静かで好きなだけ寝られるものだな、と思った今日の日曜日だけど、哀しいかな9時に目覚めてしまった。
 朝食は粥などを作るのは面倒になり、ホテルの朝食風に目玉焼きとトースト&レトルトシチュー。朝食じゃなくてブランチだけど。
 最近は、目玉焼きが綺麗に焼けるようになった。
 薄く油を引いた弱火の18cmフライパンに卵を落として蓋をして任意の時間までそのまま。レストラン風のミディアム風にするのなら見た目も良い目玉焼きに仕上がると思うのだが、固めが好きなのでややしわしわ目玉焼きと相成り、ボイルしたウインナーを添えてパシャリ。

 ボズスキャッグスかカーペンターズのBGMにてお洒落に食べるのなら絶対ケチャップだ、と思うのだが、おやじボッキ~中島は醤油をかけてしまう。BGMはTBSラジオ~。

 西向きの拙工房部屋の夏の午前中は涼しい風が入ってクーラー要らずで涼しく、真面目に中国語のお勉強。
 課題で、B5の10ページぐらいの魯迅の弟の周作人の文学評論を読まされているけど、中国人なのか周作人か分からないけど、話がくどい、反語と例えも多いけど、全然的を得ておらず、常に「だ・か・ら、具体的に何なんだよ?」と叫んでしまうのは私が外人だからか。

 夏場は11時を過ぎると太陽が真上になってくるので、卓上USBミニ扇風機だけでは保たなくなる。
 ブランチの後は、28度のエアコンをスイッチオンして、例のベタファイルの修復?作業だ。
 10冊のスクラップブックに納めているベタをクリアーファイルに入れ替えたら17冊になった。とすればどう見たって7冊が収納しきれなくなる、というのは小学校の算数でも明快である。
 埃も溜まっていると思い、全部出して掃除して順番に入れ替えたら、あれま、2冊しか余らなかった。
 ここから言えることは、効率の良い収納をしていなかった、になる。A型の割にはいい加減だ。

 印画紙をビニール面に接するよりもスクラップブックのように印画紙同士が接している方がまだマシかな、と思うも、デジタル画像もそうだけど、真面目にこれらの保存方法を考えるのはいとも簡単だけど、継続を念頭において実践するのはいかに難しいか、というのがある。
 最終的に「死なばもろとも」が精神衛生上、宜しいかと思ったりもする。
 相変わらず大漢和辞典の6巻は床に転がっているけど、ベタファイルの方は2冊なら楽勝に収納できた。

 ここから再び大学の勉強でも始めたらとても素晴らしい!と心では思うのだけど、そこまで優秀じゃないので夜はドリンキングタイムになる。
 先々月辺りから、今まで家では食していなかった絹ごしを食べるようになった。拙宗教上の理由から、ここでは大豆は痛風には良くない、というのは考えないようしている。
 原料は同じで製法が違うだけの豆腐の木綿と絹ごしの奴だけど、どこかしら味が違うのは何故だろう?
 食感と舌触りの違いからか、最初に来る風味が微妙に違う。
 絹ごしは、最初に噛んだ瞬間にその風味が来るが、木綿は噛んだそのザラっとした食感の後に風味が来る。来るのだからどっちでも良いのだけど、なるべく美味しく味わいたく美味しく飲みたいというところでは、ちょっとその辺の違いが無意識にひっかかる。
 絹ごしは、絹ごしをつまんでから飲み、木綿は一口チョロっと飲んでから食する、とか?

 通常は刻んだネギとショウガ(+紫蘇)だけど、夏はこれにミョウガをプラスする、いや、プラスしてもらう。作ってもらうのがカミさんだからだ。でも、刻みミョウガ入りの奴を食べると「夏だなぁ」と思う日本人。

大人の夏休みの宿題 その2

 8月上旬からお盆までドコ~ンと連続14日間の夏季スクーリングがある。
 私は冬期スクーリングに分散するけど、のべ8日間、根性で通うことになった。というのは、来年4月から佛教大学構内全面禁煙となるので、その前にスクーリングを総て取っておこう、というやつ。

 ところで、先日、精神的に清水の舞台から飛び降りた気分でヤフオクゲットした大漢和辞典、使い方を良く良く分からないうちに本棚の肥しならず、本棚の漬物石にでもなるのだろうと思っていたら、そのスクーリングで受ける5課目のうち3課目が古典と近代で、「予習として地名や人名などをあらかじめ調べておいてください」なんて記されていた。
 当然、私の持っている講談社の漢和辞典「漢辞海」では間に合わなくなり、偶然だけど大漢和買っておいて良かった。

 例えば、中国の思想か、孔子だけど、孔子とは尊称、名は孔、諱(いみな)は丘、字(あざな)は仲尼(ちゅうじ)だけど、いきなり、仲尼としか記されていなくて「誰?」というのなら、まだ良い方でたいてい、これは地名かな、と解釈してしまう。
 諱は、生前の名前(なんだそれ?)で死んでから付けられる戒名みたいなもので、名前の「孔」を呼んで良いのは両親など身近な目上の物だけで、通常、あだ名みたいな字で言うらしく、これを間違えると大変だったみたい。
 私達が学ぶのは当然、名前だけど、記されているのは当然、字なので、これ誰?みたいなのばっか。
 「あざなってどういう意味ですか?」と地元の中国語の先生が聞いたので、この形式は中国古代でのことのようだ。

 四角号嗎で調べるのだけど、1/3ぐらいしかヒットしない。
 残り1/3は、ちょこっと番号を変更してヒット。もう残りの1/3は、全然NGで、総画数で調べる。
 自分のレベルを省みないで言うと、総画数で調べるのはどことなく自分の無知を強調されるようで抵抗がある。
 と思ったら、11巻辺りに、おまけ的な部首索引のプラシートが挟まってあった。さすがに四角号嗎だけでは難しさがあるのだろう、出版元の大修館書院と記されていた。
 それでもなるべく四角号嗎でと根性で調べてはNGの連続・・こういうのを本末転倒と言う。要は該当する漢字を見つけられれば良いのだから。
 
 最悪はその部首索引を使うようにしているが、部首もなかなか分からないのがある。聞・中・去・乙・必など、一瞬何処が部首?なんてぇのもあって、義務教育にてちゃんと勉強しとけば良かったなぁ、とつくづく思う今日この頃。
 それでも便利なのは、手書き付きの電子辞書の漢和辞典。ちゃーんと部首も教えてくれる。すげー。
 ところで、電子辞書のシェアは、おそらくカシオがダントツだと思うけど、少しでもつっこんだ使い方をしてくると、キャノンの方が優れているのではと思うことしばしば。

 写真のように取り敢えず並べてはみたものの、これはその半分、残り半分の6冊はいまだ床の上。今だ置き場所定まらず。
 近い将来、それほど使わなくなるだろう大漢和だけど、来春までそれなりに使うことになったので1万円は元を取ったと思いたい。

大人の夏休みの宿題 その1

 ベタは昔からクリアーファイルに入れて保存していたのだけど、フリーになった頃、お金がなくて安いスクラップブックに写真糊を貼るようにしていた。数年後、少しお金にゆとりが出て、かつ糊で貼るのが面倒になってクリアーブックに戻して現在に至ると。

 東日本大震災にて倒れた本棚などを整理していたら、その糊で付けたファイルだけがパラパラと剥がれまくってしまっていた。
 この数年分のを改めてクリアーファイルに入れようと思ってから早2年、やっとその作業に取りかかる。
 ちょうどフリーになってから結婚するまでの数年間。ペラペラ見ていると懐かしく見入ってしまいなかなか作業が進まない。

 同じ紙製で同じ厚さのスクラップブックとクリアーファイルだけど枚数が全然違うのね。そうなると番号がズレまくってしまうので困った。最後のは21で、次の22からはクリアーファイルになっているので、ひたすら21-A、21-B、21-C・・・意味のなさそうなナンバリングだ。
 結果的に6冊ぐらいファイルが増えてしまったけど、さて置く場所がない。
 幾つかの本棚を見渡してみるとスペースはあるけどA4が入らない高さだ。うろ覚えだけど、A4は、戦後アメリカとかから入ってきたAサイズで、B5は明治時代とかからあるBサイズと聞いた。
 一般的な本棚収納におけるA4以上とB5以下の冊数の比率は、1:10ぐらいあるように思える。
 特別なものやファイルとかになるとA4のが増え、我が家だとそのベタファイルと写真集とかで、1:5ぐらいになるかも。

 剥がれたベタの裏には、ファイル中敷の黄色い紙の色が糊痕と一緒に少し付着している。
 正しくは「改めてベタを取る」だけど、数えたら700枚・・単純に最安値で3万5千円。1日20枚ベタを取ったとすると連続で1ヶ月ぐらいかかる。そんな根性はもうないなぁ。変色するまでそのままだ。先にネガがビネガーシンドロームとかでダメになったら、ハイそれまで~!

大漢和辞典

 佛教大学の授業の半分以上が何故か古典で繁體文字、かつ思いっきり紀元前の頃の漢字ばかり。その幾つかの授業において「大漢和辞典とかで調べると良いよ」なんて先生が言っていた。
 サラっと調べてみると、ウゲゲーの250,000万円、アマゾン中古で190,000万円。漢字5万字、語彙50万字収録とかなので、全12巻、そしてその為の索引用のが1巻加わって全13巻。
 漢和辞典としては世界最大、との謳い文句で大修館書店からでている。誰が買うんっすか?
 
 しかし、台湾のコピー版という噂のある、これの縮写版というのが安く出ているとのこと。オリジナルはB5で、この縮写版はA5。でも13巻。
 ヤフオクで見たら15,000円、おおお、190,000円の1/10以下だよ。縮写版だから量は変わらず文字が小さくなったとかだけ。15,000円は安いけど置き場所がなぁ?と躊躇していたら、ページの変色がないけどビニールカバーがない、というのが8,500円が出ていて、思わずポチッ。送料込みで10,000円ちょっと。
 広辞苑の一回り小さいけれど、これが13冊だから・・置き場所は後で考えるとして、取り敢えず使ってみようと索引1巻を見たら、一般的な漢和辞典と全然違う。
 まず部首検索がない。「しめすへん」の「礻」は「示」になったりする。
 音読みと訓読みがあるけど、これらは総て歴史的仮名遣いになっている。つまり、今は常用漢字(私が習ったのは当用漢字)だけど、明治から終戦までの漢字使用規範というやつで、「じょう」が「ぢよう」とか「がっこう」が「がつかふ」とかになるやつだ。
 土嚢の「嚢」は、歴史的仮名遣いからすれば異体字で「囊」が正しい・・なんて言ったって、拡大しなければ分からねぇ。utfエンコードのwebじゃないと文字化けしそう。

 つーか、分からない読めない漢字の場合はどーなのよっ?
 総画数索引というのがあるけど、歴史的仮名遣いが基本なので、あまり有効ではない感じがする、と思ったら、今や古典研究者ぐらいしか愛用しない、と思われる絶滅的な「四角号碼(しかくごうま)」というのあった。
 漢字の四隅の形状をリスト化して4桁の数字でもって、そこから該当漢字を検索するもの。佛教大学の3人の先生が推奨していた。
 その数値が違っていても総画数よりもトライ&エラーでヒットする確率は四角号碼の方が有効で・・、もしかしたら部首検索よりも良いかもしれない。

 とは言え、一般的な三省堂の「漢辞海」と電子辞書の大修館書店「新漢語林」で殆どこと足りてしまうので、残すところ我が人生20年の間にこの大漢和辞典を開くのは百回は超えないと思う。が、1万円だからとってもお買い得、と思うようにしている。

 カメラとかゴルフのクラブなどは沢山持っているイコールそれが上手い、とは限らないけど、それなりにそれはそれで市民権があるけど、こういう辞書を持っていると、どこかしら博学みたいな誤解を受ける可能性が大だ。博学なら良いけど、そうじゃないから困るんだ。
 こういう場合は、webやSNS、ブログなどにへらへらと書き込むのは愚行の極まりで、一人黙って使うのが賢明じゃないかと思った。

 辞書自体は40年くらい前のものなので、ペラペラとページをめくると、時間経過による劣化した紙の香りが漂い、今にはあまりないモノで何処かしら懐かしさも一緒に漂ってきた。

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