Monthly Archives: 5月 2012

おやじの日

 午前中、友人齋藤正臣氏の写真展を見に、馬場の三日月ギャラリーへ行く。
 行ったら開いていなくて、おっかしいなぁ・・というのをmixiのつぶやきに書き込んでいるところに、オーナーのあすかちゃんがやってきたので、そのままポケットにiPhoneをしまう。

 ノーファインダーでのスナップ展「香港發焼友」
 http://www.cl.bias.ne.jp/~mikaduki/access.html
 
 9月1日からの三日月ギャラリー企画展「歳月」に参加する。
 年齢を感じさせるようなタイトルだ。と思っていたら、同じギャラリーでの年末企画展「大おやじ展」にも参加することに決まった。
 
 あっぷる展も秋にあるのだけど、こちらはテーマが「ポートレイト」と決まっているので、今回はお休みすることにした。
 今年は何となく自由に作品を発表したい、と思うような気分だからだ。
 50歳を過ぎた身近な写真家達を見ていると、どことなく回顧的テイストがあり、写真と共に一度振り返る世代なのかな、とも思った。
 昔に撮った写真と改めてそこに行き今のを撮って並記する発表方法などいろいろ。
 近いうちそんな私的回顧展とかやろうかなぁ、なんて考えながら四谷へ。

 途中で胸ポケットから音楽が流れる・・聞いたことのあるアプリの「チャリ走」だ・・・なんで?
 車内でmixiをチェックしたら、あれま、途中までの書いたのがそのままつぶやきにアップされていて、みんなから「なんだこれ?」のレス・・・スンマソン〜。私の可愛い乳首がiPhoneのパネルを押してしまったのだろうか、イヤ〜ン。

 しんみち通りに入ると、「エリーゼ」がマイナーチェンジしたフライ屋になっていて、以前は長蛇の列だったけど、何故か列はなし。
 私はいつものその先の「バンビ」へ。
 680円のバンビランチを食べる。手作りハンバーグと特製デミグラソースは逸品。
 http://r.tabelog.com/tokyo/A1309/A130902/13012123/dtlphotolst/P9438533/?ityp=1
 今月の四谷写真塾もパスワードのない無線LANが使えた。ラッキー。
 
 中島ゼミも塾生が少なくなってきたので、増えない限り今期でクローズの予定。
 その最後に来年のGW辺りにゼミ展をその馬場の三日月ギャラリーでやろうかと思っている次第。パァーっと花火を打ち上げて終わろうぜ、って感じでだ。

 「まってぃバンド」の練習がある日なので、急いで戻り某県立高校へ。
 正式なのかなぁ風のリードギターと正式なのかなぁ風の女性ボーカルが加わった感じの5人バンドになった。
 おやじバンドなので当然女性は「おばさん」になる〜。
 オリジナル3曲はできあがった・・・が、曲の雰囲気はロックでもなくポップスでもなく、NSPかチューリップだ。ま、これはこれでOKだ。
 取りあえず1曲コピーを入れようということで、やはりGFRのHeartbreakerになった。ファンキーモンキーベイビーじゃなくて、ほんと、良かった!!

 で、いつデビューなのか?というと、来年の1月とかに埼玉の北部で軽音楽イベントがあり、それに出演するらしい。
 1つぐらいR&Bを入れたいと思った。そう、ボッキ〜中島作の「Sweet Home Urawa」。
 ・・と言っていると、メイプルネックのプレジションベースがまた欲しくなった〜♪

 練習を終えて戻り、今日の晩酌つまみはトルティージャ(スペインオムレツ)。

虫干し

 今日の昼間は、ボッキ~主夫中島でっス。
 7時に起きて、一番嫌いな中国語のヒアリングのお勉強~。
 勉強だから仕方がないけど、いきなり喋られても何だか分からないのは昔から。いきなり本番は良くないよ、やっぱ前戯は大事だよ、と嘆いても仕方がないのだけど。
 
 2時間ぐらいやると集中力が切れてしまうので、洗濯機を回しながら文法の方をやる。
 ちょっと疲れたところで洗濯機が終わり、洗濯物と布団とかを干して引き続き文法。そしてちょっと疲れた頃に、部屋の掃除。
 なかなか午前中の主夫作業は効率が良い。

 明日の撮影の準備もしておく。
 久しぶりの大判撮影なので、天気も良いので虫干しをする。
 フィールドタイプでコンパクトなのだけど、5×7なのでそれなりに重く、扱い勝手はジナーfと同じくらい。
 だけど、5×7に4×5フォルダーを付けるのでアオリに余裕があり使いやすい。
 リンフォフテヒニカなのでフィルム全盛時ならヤフオクでも100万は下らなかったけど、今は10万以下にくだり下がっているだろう。5万円でも入札入らないかも。

 コダックから4×5のネガISO400が出たのは嬉しい限りで、値上げしか考えていない富士とは大違いだ。これで数年4×5も保つかな・・甘いか?

 今は事前にデジカメで撮って、それをチラっとクライアントに見せればOKなので10年ぐらい前からフォトラマは使わなくなった。
 
 こういうカメラについてあれやこれや言うと、回顧的になりかつおやじの小言風になるのでやめ〜。
 ただ一つ、40歳過ぎてから何故だか分からないけど「冠布」要らなくなった。
 どんなに明るいところでも手をかざしたりすると十分に見えてしまうのだ。もちろん×10ぐらいのルーペは必携だけど。
 行程が一つ減って良いことだと思うのだけど、老齢の要因的な感じがして気になる~。

 布団やシーツを取り込む時に軽くチェックしたら見たことのない小さな虫がくっついていた。

「北」という漢字

 中国語教室にて、日本語と中国語の漢字に微妙な違いについて話をしている時に、ある人が「日本の漢字なんだけど、北という文字の左下、新聞とかだと突き抜けているけど、突き抜けないのに習った記憶があるのだけどなんででしょうかねぇ?」。

 言われてみれば、あ、なるほど。
 他の人が「活字と手書きの違いの差なのでどっちでも良いのですよ~」。
 こういうのは「どっちでも良い」だけじゃなかなか納得しずらく、改めて調べてみた。

 常用漢字・・え、当用漢字じゃないの?私の時は当用漢字だったよ。当用漢字は廃止され今は常用漢字。何が違うのか良く分からないけど。
 その常用漢字で見ると確かに突き抜けている。
 補足を読むと、印刷とかにおける明朝体での活字体を当用漢字とするけど、それは規範的で、書道などの手書きにおける字体の相違を否定するものではない、とか記されていた。
 ただ、明朝体は字体から書き順や画数を見間違える可能性があるので、義務教育では明朝体じゃなくて楷書体で記されているとのこと。もっと、なるほど~。
 なら、常用漢字表記も楷書体にすれば良い、と思い、何故にして明朝体に?と再び調べたら、アルファベットとの相性が良い、とのこと。日本語にアルファベットなんて関係ないと思ったのだけどね。

 香港や台湾で使われる繁体文字ならいざしらず、中国の簡体文字なんて楽勝~、と思っていたら、思いの他、違うじゃん!があって、「隆」「圧」「突」「騒」などは日本語と違っていてルーペで見て初めて違いが分かり、おお、手ごわいじゃん簡体文字~。

五月晴れの土曜日

 今日は天気が良かった。
 こんな日には、また小旅行だ!と思っていたら仕事。
 撮影の仕事じゃなくて撮影したプリントがごっそりとクロネコで届いていた。
 
 200枚ぐらいのスナップLサイズを買ってきたフィアルアルバムに入れて、100枚ぐらいの集合写真をカットして。
 以前「集合写真は、2Lサイズぐらいでいいっすかぁ?」
 「ちょっと小さいですねぇ」
 「それじゃ、六つ切とかA4とかはどうでしょう?」
 「それじゃ、大き過ぎるかなぁ」
 結局、A5になったけど、激安vivipriにはA5サイズがないから、A4に2枚貼り付けるのだが、なかなかカットするのが面倒。

 9時ぐらいに始めのに昼過ぎになっても終わらない。
 カミさんは布団を干してから「後で布団の取り込み、宜しくね~」と言いながら仕事へ。娘は近所の図書館へ勉強をしに行った。
 誰もいない家になると何故か掃除がしたくなり、100円ショップで買ったホウキとチリトリでサササッ~。ダイソンの掃除機はセットするのが面倒なので最近使っていない。
 布団を裏返しにしたりして仕事の続き。

 5時間かかってやっとファイルが終わり宅配便に出した後に布団を取り込む。
 洗濯物もそうだけどこの時期の取り込みや要注意だ。
 
 以前にも言ったけど、ほんと絵に描いた餅、またはお約束事的なことが昔あった。
 この時期、花が開き虫達も活動が活発になり、かつ柔軟剤の香りに誘われてか、布団や洗濯物に虫などが休憩して停まっている時があり、それに気付かずに取り込むとビンゴになることがある。
 
 風呂から出て「勝負しないガラパン」をはいたりして風呂上がりの一服をしていたら股間に激痛が走り「うげっ、痛てー!!」。
 パンツをおろしてみたら、そこにはスズメバチではないけど大きな蜂がいて、股間の付け根がやや赤く晴れ上がっていた。ちょっとズレてお稲荷さんかフランクフルトだったら、今ごろはカルセーヌ・ボッキ~中島だったかもしれない。

 真面目な話、この時期(梅雨が終わるまで)、布団と洗濯物を取り込む時には要注意~!

 また、飲みかけのジュースなどをテーブルの上に置いておくと(たいてい娘)、蟻の万里の長城ができる時もあるが、我が家の協定でその場合は置いた当人が掃除をすることになっているので、これは私にとってどうでも良い。ジュースとか甘い飲み物は飲まないからだ。

 無臭の柔軟剤が良いのだけど、ちらっと近所のスーパーとかで見たけど、みんな何かの匂い付き。微香というのもあるけど、昆虫にとっては「微」じゃないと思う。

上州富岡

 朝は足が痛くなくて夜になると痛いので、ねん挫とかの時は自宅静養がベストだと思うが、昨日の朝よりはマシだったので、落合永子写真展「敦煌」へ出かけた。

 浦和から高崎まで1,2580円なのに、高崎から上州富岡まで770円。駅は高崎から13個目、距離からすれば20km弱。第三セクター並の運賃計算だ。
 近くに富岡製糸場があるのでそこも見よう、と言おうか、さすがに遠方での開催なので、何かいろいろグリコのおまけがつけて「じゃ、行こうか!」じゃないとなかなか行けない場所だ。
 この歳になって初めて上州鉄道というのがあるのを知り、富岡は信越本線のどこかの駅と思っていた、かつ、富岡製糸工場と安中製錬所を混同していたという低落低能おやじだ。

 上州線高崎駅で切符を買おうとした。
 往復770円×2 + 入場料500円 = 2,040円。
 駅員さんがやってきて「富岡製糸場に行くのでしたら割引切符がありますよ」
 おお、2,040円が1,600円、これはリーズナブルだ。ただ、ガキ付きファミリーとかの数人だと車で行った方が安上がりだけど。

 富岡製糸場は駅から徒歩15分ぐらいのところにあるので、ちょうど良い散歩コースだ。
 聞けば世界遺産登録を目指しているとのこと。
 明治4年に完成した和洋折衷のこの建物は、当時世界有数の巨大建築物であり、それが今も残っているからとのこと。その目標があるからか、大きな建物が幾つもあるのに、入れたのはたったの1つ、かつ内部の工場機器には透明ビニールがカブさっていてリアリティさがない。
 屋外の敷地も立ち入り制限があって、保存と公開のギャップがあるとしても、見学者からすると北京の幾つかの世界遺産同様、入場料がやたら高く感じた施設であるとも言える。

 設計者のフランス人ブリュナの居住地、そしてその地下の貯蔵庫、診療所などいろいろ建物があるのに、どれも入ることができず外観を見せるだけ。でも、外観は似たり寄ったりで、リピーターになれる自信はなかった。
 敷地内には駐車場がないけど、周辺には民間駐車場があり、時間200円なので首都圏から来た人にとってはウエルカムな代金だと思う。

 ギャラリー・モデギは駅と製糸場の中間にあり、その中間エリアは飲み屋街だ。おおお。
 地方都市、または地方の町にありながら、昼間なのに全然人がいない、歩いていない。まるでスペインのシエスタタイムのようにゴーストタウンだ。
 富岡市役所の周辺にちょこっと数人はいたけど。
 聞けば水曜日はどこも定休日らしい。
 ギャラリーに行けば、落合さんがいてそのお友達とみんなでパシャリ。
 行った事がない敦煌の写真を見せられて、おお、敦煌ってこんな感じなんだ、と見入ってしまった。大きくないギャラリーの所為もあるけど、もっと写真点数が多い方が良かった感じがした。
 
 ギャラリーに行く手前でタバコを買おうと410円を入れタスポをかざしたらいきなり返金210円・・おい、200円はどうしたんだ?
 ・・とモメていたら私ぐらいのおじさんがやってきて「良いカメラ持っていますねー」。
 近所で写真館を経営している人で、写真談義に花が咲いてその裏道で小一時間ぐらい話をしていた。
 
 ギャラリー → 富岡製糸場の後、その飲み屋街エリアをスナップしていた。
 焼鳥屋もあって、こんなところで地元料理をさかなに酒を飲むのは最高だろうね、と思いながらスナップしていたら先ほどの写真館の人と出会った。
 「うちのスタジオ、見てゆきますか」
 
 田舎が良いな、と思うのは「土地が広い」。
 敷地内に蔵があり、一つの建物はスタジオじゃなくて大きなハウススタジオだ。それも南欧風。
 富岡インターから近いし宣伝すればハウススタジオとして十分にオファーがありそうだと思うのだけど、当人その気なし。
 「創業は400年まえの1616年ですよ~」
 「・・済みません、写真は19世紀初頭ぐらいから始まったと記憶しているのですが・・・」
 「あ、当時は薬屋でして途中から写真屋にしました」
 写真館は大変だとDPEは受け付けていない、とのこと。上州富岡の「ひらのや写場」。
 暗室やスタジオを見せてもらったりと、思いもよらぬ出会いがあって有意義な上州富岡だった。

 朝食付きの民宿に泊まり、夜はその飲み屋エリアで飲み明かすようにまた来てみたいな、と思った町だった。小さな旅ってこんな感じ?

1 / 4   1 2 3 4