パコはどうした、と電話で聞くと、一言スペイン語で「死んでしまった」と。いきなり死ぬというこはないと思ったので、聞き間違えたかなと思ってもう一度聞くと同じ単語を言った。
「出奔」とか「改宗」とか「飲んだくれている」とか別な意味があるのかと思って、辞書を調べたけど「死」としか記されていなかった。
雨の降る高速道路でのスリップ事故だったらしい。享年、いくつだったかなぁ、65才ぐらいだったかな。
自転車スポーツが好きで、ホテル・コメルシオのオーナーと趣味を同じくして親友だった。タクシーの運転手を定年退職して自適悠々だったのに。残念ながら3人目の孫を見ずに天使になってしまった。
亡きパコの家を訪れたら、息子のアルフォンソがいろいろと家を案内してくれた。アルフォンソは、性格も顔立ちもパコそっくりだけど、職業が内科医なので、トンビが鷹だろう。
パコの趣味工房兼物置に行ってみれば、生前パコが作ったワインが置いてあった。1993年、つまり私が結婚した年に作ったものだ。ハエン生まれなので「ハエンのパコ」と銘打ってあった。色からしてゴールドと記してあったので、Finoかもしれない。
そしてパコが作りかけで亡くなったので、その意思を息子が継ぎ、親子合作のワインが別にあった。「El de la venta」。「売り物」の意味とは思えないので、「旅篭ワイン」とかの意味だろう。Bodegas de Paco、パコのワイン蔵というのも良い。1997年、つまり娘凜が生まれた年だ。これらの符号は偶然か。
1本ずつプレゼントしてくれたのは思いの外で、とても嬉しく感激した。こんなのもったいなくて飲めないだろうな、死ぬまで飾りかな。娘に託そうっと。
ずうずうしくも今度作る時には娘のも作ってよ、と言ったら快諾してくれた。
ま、スペイン人の言うことだからあまり気にも留めなかったのだけど、今回伺ってみれば、なんと3本も用意してくれて、それこそ望外の喜びであった。3本あるので、娘の5才の誕生日にでも1本だけ開けて飲もうかと思っている。娘の写真は私のサイトからのだ。我が家のお宝が3本になった。
ありがとう、アルフォンソそしてパキータ。
中心地の側に住んでいたとばかり思っていたパキーター、なんとファルフォンソの裏山にクエバを作ってそこの住んでいた。グァディックスが一望できる高台にあり、夜の10時になってもさんさんと太陽が降りそそぎ、夕陽に照らされた街並を見ながらパキーターのクエバに行った。
あまりにもデカいクエバなので、娘にこれが洞窟住居だよ、と言っても、どれが洞窟なの、と分かってくれない。部屋に入ってみれば、昔パコが愛用していた自転車が置いてあった。
いつかパコのお墓参りをしたいのだが、ハエンからさらに車で30分ぐらい行った郊外にあるとのこと。「今度来た時にでも一緒に行こう」とアルフォンソが言ってくれた。